桜の木の下に【完】
そして新しい春が来る
*ののside*
明月がいなくなってから月日が経ち、三月となった。
あのときからというもの、すっかり気候は安定し地震の数も減った。
道真の精神と切り離すことに成功した校長先生…真人さんは意識を取り戻し、涙を流し続ける加菜恵さんをその腕に抱き締めた。
この二人は近々まだ済ませていない結婚式を挙げるらしい。
私は真人さんは道真に利用されていたと思っていたけど実は違うらしく、協力していただけだそうだ。
薬剤師の資格を持っている真人さんが睡眠薬も、神経麻痺の薬も独自で作って使用したことや道具の仕入れについてその後何度か会議が開かれたけど、処罰は校長の任を解かれただけですんだ。
なぜなら、悠斗さんを救ったから。
悠斗さんを匿うために仮死状態にさせる薬を使ってたのは問題だけど、同意の上での使用だったため自己責任だとして厳しく罰せられるのは免れた。
というのも、意識を取り戻した悠斗さんがそう証言したから。
悠斗さんは健冶さんたちが出発した次の日に目を覚ました。しばらく放心状態だったけど、だんだんと思い出したのかぽつりぽつりと話せるようになった。
そのときは何もその目に映していなかったのに、弟たちと会ったら急に泣き出してしまった。
「勝手にいなくなって許してくれ」「心配かけてすまなかった」と、何度も謝った。
それに困った弟たちは顔を見合わせていたけど「無事ならいい」と肩を叩くだけだった。
神楽は任務を解かれて、私たちとの交流を断った。必要以上の干渉は控えるようにされているのだろう。お父ちゃんに何度かお願いしたけど、神楽がそれを望んでいないと聞かされて驚いた。
理由はわからずじまいだけど、直弥さんとは時々メールのやりとりをしているらしい。彼からの連絡を私たちは楽しみにしている。
そんな双子はというと、今月中に学校を卒業するそうだ。今回の件で実力を認められ、晴れて大人の仲間入りをするという。
そして私はというと、学校を辞めて東北にいた。
「里桜、ここら辺?」
「そうだな」
津波でさら地となった土地には、いくつもの桜の若木が植えられている。
その一つ一つは私が植えたものだ。
実はこの地はお祖父ちゃんの実家の近くで、そこに住みながら中学を卒業してから学校に入学するまでの一年間のブランクはここで復興作業をしていたのだ。
主に瓦礫の撤去だったけど、大人たちに負けじとせっせと働いたのを覚えている。
お祖父ちゃんの遺骨は実家に埋葬された。
遺品はいつの間にかその実家に片付けられていて、お祖母ちゃんとお母ちゃんの遺影もそこに置かれていた。
お仏壇が……あった。
三人のお仏壇が。
少しホコリを被っていたからそれを払うと、写真の笑みがより深くなったような気がした。
お父ちゃんとそこで暮らしながら復興作業を手伝う一方で、お父ちゃんにお願いして入手している桜の苗を空き地に植えている。
弔いの花だ。
三月に起きた地震によって亡くなった人たちは、咲くはずだった桜を見ることはできなかった。それを見てほしいと願って植えている。
入学するはずだった人、卒業するはずだった人、結婚するはずだった人、子供が産まれるはずだった人。
そんな人たちに、届けばいい。
この、お祝いの気持ちが。