桜の木の下に【完】
帰り道
*
「とっても美味しいです」
「だろ?上手いだろ?」
「おまえが言うな」
コト、と目の前にハムエッグが降りてきた。
私はそれをホットサンドを頬張りながら眺めた。朝食を作ってくれたのは健冶さん。
エプロン姿でキッチンに立つ姿は様になっている。
「いただきます」
「健冶、今日の晩ごはんは何だ?」
「まだ朝なんだけど」
「別にいいじゃんかよ、教えろよー」
「教えない」
「ケチー」
隣でぶうぶうとふて腐れる直弥さんを尻目に、料理が終わった健冶さんは綺麗な箸裁きでスクランブルエッグを食べた。片割れはボロボロと崩れて苦戦していたというのに。
キュウリとトマトとベーコンとチーズが挟まったホットサンドを食べ終えると、テーブルに三人分のお弁当箱と水筒が置かれているのに気づいた。
健冶さんが炊事担当のようだ。何から何まで作っているみたい。
「そう言えば、悠斗さんはもう学校に行ったんですか?」
「いや、集会に出て行った」
「集会?」
「各家の当主の集いだ。近況報告をし合う。まあ、お題は桜田家のことだろう」
「ごちそーさん。んじゃ、着替えて来るわ」
直弥さんはボサボサの頭をぺたぺたと手で平らにしながら奥に引っ込んだ。
でもあと20分ぐらいで家を出る時間だけど。
「大丈夫だ。あいつは寝坊しようが、きちんと朝ご飯を食べて支度する。時間に遅れたことは一度もない」
「い、一度もないんですか!?」
「今日はわりと時間がある方だ」
そんなことを言う健冶さんを見たけど、平然とした態度で口についたマヨネーズをペロッと舌で舐めた。
………今のは見なかったことにしよう。
10分ぐらい経ったところで、いつのまにか直弥さんが戻ってきていた。でも、その表情は暗く沈んでいる。
「今日休み明けテストだった……」
「昨日部屋に戻る前に教えたはずだけど」
「範囲を教えろ」
「イヤだ」
「範囲を教えてください健冶様!追試はしたくないのでありまする!」
「自業自得だ」
「あのー……」
「それって、私も受けるテストでしょうか?」と控えめに言うと、二人はきょとんとした。
「そんなの知るかよ。内容は一般教養だから解けんじゃね?」
私たちが通う学校は大学と同じ扱いで、卒業したら大卒ということになるらしい。でも、科目は数学とか英語とか政治・経済とか、高校や大学で習うこと中心だから、テストもそんな内容の類いだ。
大卒になるのは便利だな、と思ったけど、毎日私服を着なければならないのは不便だと思う。
今まではずっと制服だったから。