桜の木の下に【完】
「はあ、終わった……」
パタン、とシャーペンを机の上に置いた。
案の定、テストを受けることとなり今さっき終わった。
内容はそこまで難しくなかった。でも自信はない。
今日はテストで終わりらしく、まだこの学校に慣れていない私からすればありがたかった。お昼に食べたお弁当も美味しかったし、二人に誘われて一緒に食べたのも楽しかった。
「三人共弁当の中同じとかウケる」
「仕方ないだろ」
「たこさんウインナー可愛い……」
私が柊家に厄介になっていることは他の人たちは知っているみたいだけど、女子の何人かの鋭く突き刺さるような視線が痛かった。
きっと、彼らの遠巻きたちだ。ときどき「桜田さんさ……」と、名前があがっているのが聞こえてきた。
誘われたから一緒になってしまったけど、こういうのは避けるべきだったのかもしれない。
それでも、たこのウインナーがちょんと弁当箱にいるのを可愛く思った。私の呟きを聞いた健冶さんは顔をほんのりと赤くさせた。
「健冶って妙に子供っぽいところあるよな。全然お兄ちゃんぽくない」
「……悪かったな」
「あれー、もしかして自覚あり?」
ボソボソと言った健冶さんに直弥さんが顔を近づけた。そんな彼の口許が緩みすぎているのが気にくわないのか、嫌そうにその顔をぐいっと遠ざけた。
「ぶへっ、たこが出るからたこが」と不満を言うも、全く通じていないみたいだった。
「で、今日の夕飯何?」
「おまえなあ……」
いきなりハッとした顔をしたかと思ったら、今朝の続きが始まってしまった。さすがの健冶さんも呆れた。
キラキラと輝いている目を無視し、玉子焼きをパクりと一口食べた。それを飲み込むと、観念したのかやっとその重たそうな口を開いた。
「…………考え中」
「マジか。まだ決まってないのかよー、気になるのにさ」
「オムレツにしようと思っていたんだが、卵が足りない」
「それって私の分ですか?それなら買いに行きますけど」
「ダメだってののちゃん。一人で勝手に出歩くのは禁止。狙われてるんだからさ」
「ごめんなさい……」
軽く注意されて落ち込む。
そうだった、私はうろちょろしていい立場じゃない。
「でも、一緒に行けばいいだけじゃん、な!」と直弥さんは健冶さんに同意を求めた。その言葉に元気を貰ったような気分だった。
ちゃんと私のことを考えてくれているのだと。いきなり生活の場に足を踏み入れた他人を受け入れてくれているのだと。
それなら例えば、シャンプーが男物しかなかったりとか、朝起きてきた直弥さんが上半身裸だったりとか、そんなところは意識すれば改善できるから、そこら辺も言うべきだよね。
………い、言えるかな……?
「桜田さんは何か足りない物や買いたい物はある?」
「シャンプー!」
「「え?」」
「…あ、す、すみませんっ……ちょうど考えていたので」
「そっか、男物しかなかったよな。よし、それも買おう」
「でも、お金が……」
「経費はあるから平気だよ。生活費は全部桜田家持ちになったから気にするなって」
言うには、護衛をするから私に関わる費用は全て桜田家が払うことになっており、私が関わる、だから、食費とか、水道代とか、電気代とか、その他諸々がかからなくなったとか。
つまり、護衛を名目に、桜田家が柊家を養うということらしい。
「そんなのアリなんですか?」
「オレたちが言ったわけじゃないぜ?ぜひとも、って幹さんが電話で言ってくれたんだ。柊家は収入が今は無いから」
「お父ちゃんが……」
「それじゃ利益がわりに合わないって言ったんだけど、大人の顔に泥を塗るつもりか?って押しきられた」
「あの人は寛大というか、意地っ張りというか……器が大きい」
健冶さんの言葉に私は嬉しくなった。家族を誉められて悪い気をもつ人はいない。
ふふっ、と笑いながらウサギのリンゴをシャリッとかじった。かじった後でウサギだと気づいてまた笑ってしまった。
「なあ、ウサギにする意味ある?三角に残った皮はどこに行ったんだ?」
「……」
「絶対にオマエの腹ん中だろ!」
「だったら?」
「開き直るんじゃねーよ……」
しれっと言い放った兄を弟は呆れたように見つめた。
なんだかんだ、根っこの方は二人は似ているのかもしれない。