桜の木の下に【完】

「女物は種類が多すぎてわけわかんねー」

「安いのでいいんですよ、リンスインシャンプーが楽なのでいつもこれです」

「それでも女子か?リンスインシャンプーは髪に悪いんだぞ」

「そうなんですか?」


いつも使っている銘柄のシャンプーを手に取ると、顔をしかめた直弥さんがそれをひょいっと持ち上げた。約束通り、私たちはスーパーに寄っている。

それは健冶さんの手に渡り、陳列棚に戻されるとシャンプーとリンスが戻ってきた。

その流れに唖然とする。


「せっかくなんだから贅沢しようぜ」

「でも……」

「リンスインシャンプーは酸性に近いから髪にダメージを与えるが、酸性のシャンプーの後にアルカリ性のリンスを使うと中和されてダメージは少ない」

「って、ことよ」


と、どや顔の直弥さんに言われた。その後ろでやれやれ、といった顔が見えた。どうやら、人の言葉を自分のものにするのが好きらしい。

特に兄弟の言葉が。


「じゃあ、お言葉に甘えて…」


断れる空気じゃなかったから、この二つをカゴに入れた。液体だから一気に重くなる。

すると、横から手が伸びてきてカゴが浮かんだ。それを追うと奪った主は健冶さんだった。


「あ、ありがとうございます」

「別に」

「任せとけ任せとけ」

「だから、おまえが言うな」

「あ?なんか言ったか?」

「何も」


健冶さんは私たちのやり取りの横をスッと通り越した直弥さんに向かって愚痴を溢すも、何もなかったかのように、立ち止まった彼の横を通りすぎた。

この二人はいつもこんな漫才をしているのだろうか。

でも、スラリとした二人の姿を見て、ちょっと距離を置きたくなった。離れたところから見ると、彼らがいかに人の目を惹き付けているかがわかる。

中学生っぽい女の子たちの集団がきゃあきゃあと騒いでいた。それもそうか、あのルックスを見れば、見とれたり、立ち止まったりするよね。

そんな二人を引き連れている私っていったい何?って目で見られるのも当たり前か。

さっきだって、シャンプーを見ていたときに綺麗なOLさんが後ろを通ったけど、私と目が合った瞬間にえっ、という顔をしていた。

………二人のところに行きたくないなあ。


「ののちゃん、置いてくよ?」

「置いていくわけないだろ」

「だって来ないからさー」


私は考え込んでいたらしく、だいぶ距離が開いたけど戻って来てくれたようだ。

慌てて二人に近寄った。


「もしかして、別のシャンプーが良かった?」

「いいえ、大丈夫です。少しぼーっとしてたみたいで」

「そうだよな、疲れてるよな。あとは卵とポテチ買って帰るだけだから」

「無駄な物を買うな。というより、勝手に決めるな」

「オレはのりしおがいい。健冶はコンソメパンチだろ?」

「……ん、まあ」


「よっしゃ決まり!」と直弥さんがどこかにいなくなってしまった。お菓子コーナーに行ったに違いない。

健冶さんは何かと弟に甘いようだ。


「あいつの相手は疲れる」

「楽しそうでいいと思います」

「冗談じゃない」


ハハ、即答……

間髪入れずにぴしゃりと言われてしまった。

私は笑みを浮かべながら卵をカゴに入れ、レジに並んだ。その途中で満面の笑みをした大きな子供が帰ってきた。

のりしおとコンソメパンチとうすしおがカゴに吸い込まれる。予定にないものがあって思わず聞いてしまった。


「うすしお?」

「だって、三つで安くなるって書いてあったから……ののちゃんの分、って思って」


言い訳染みた言葉を聞いてもいないのに喋る彼に、兄はため息を吐いた。

仕方ない、といった感じだ。


「荷物は全部持てよ」

「了解しました!」


ヤッタ!と拳を握るのを見て面白くてつい笑ってしまった。

本当に、面白い。

私もこんな姉妹が欲しかったな……
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