桜の木の下に【完】
*
昼を過ぎ、おやつ時に差し掛かってきた頃、ようやく俺の番になった。
最後になってしまった。ということは、まだ結果が出ておらず犯人は見つかっていないことを意味する。
今のところ、俺が一番黒に近いことになるな。
「失礼します」
移動した先の部屋にいたのは、疲れはてた加菜恵さんだった。さっきまでのハキハキとした元気も消えている。
疲れた目をした彼女の隣には、幹さんがいた。
「……いなかったんですね」
「疑っているわけではないが、一応、な」
幹さんは申し訳なさそうに俺を見た。
俺は加菜恵さんの膝元にいる幻獣の前に座った。その幻獣は黒い猫で、尾は二つに分かれ、その首には透明の珠を付けていた。
反応があれば、その珠の色が変わる。
「……ひーちゃん」
ひーちゃんとは幻獣のあだ名で、本名は翡翠。
加菜恵さんの掠れた声を合図に、翡翠は俺の膝に前足を乗せた。目を瞑り集中している。
俺は出来るだけ力を抜いて反応を待った。
「……っ」
数十秒後、珠の色が赤くなり始めた。俺はそれがどんな意味を持っているのかは知らなかったが、加菜恵さんの表情が一気にかたくなり、息をつまらせるのを見て悟った。
よくない反応なのだと。
「まさか……」
「……お待ちください」
幹さんが絶句して言葉を発するのを遮るように、加菜恵さんはひょいと翡翠を持ち上げ、その額と額を合わせた。
彼女は今、翡翠が見たものを見ている。何かを確かめているようだった。
俺は重みのなくなった膝を妙に冷たく感じた。
「……早く帰って、悠斗くん」
「なぜだ?」
加菜恵さんの静かな命令に、幹さんは身を乗り出した。
俺も何がなんなのかさっぱりわからない。
「明月が弟くんたちを狙ってるわ。まだ襲う気はないみたいだけど、学校にいるからかもしれない。帰り時……夕方頃には現れるかもしれない」
「……ふむ」
「幹さん……」
幹さんは加菜恵さんの話にいったん浮かせた腰を落ち着けると、少し考えるようにして腕を組むと、俺を上目遣いに見た。
その瞳に怯んでしまったが、俺も弟たちを助けたいという気持ちがある。
「よし、俺も行く」
「夕方ならかっ飛ばせば間に合います」
「俺も乗って平気か?」
「ええ」
立ち上がった幹さんの後ろを追うように、俺も歩き出し外に出た。
会場の前にはすでに、退屈そうに羽を休めている相棒が待機していた。
相棒の名前は疾風(はやて)。自動車ほどの大きさもある赤茶色の鷹だ。朝も疾風に乗ってここまで飛んで来た。
「行きます。しっかり掴まっていてください。くれぐれも舌を噛まないように」
注意事項を素早く言い、幹さんと疾風に乗った。疾風は俺たちが乗るのを確認すると、大きな翼を広げて地面を蹴った。
名前の通り、風が辺りに充満した。
そのまま羽ばたきながら上空に上昇すると、一気に向かう先へと滑空した。
「全力で行け!」
俺は大声で疾風に命令すると、疾風はさらにスピードを上げ、目も口も開けられないほどの風圧に押された。
後ろにいる幹さんが心配だったが、俺と違って大人だから大丈夫だろうと思い直した。
……酔わなければ。