桜の木の下に【完】
『お父ちゃん、何見てるの?』
『…………月、かな』
『月?』
夜道、ふと振り返るとお父ちゃんが空を見上げていた。
そこには輝く星々と、真っ黒な海にぽっかりと浮かぶ月があった。
私は少し戻ってお父ちゃんの隣に立って、同じように空を見上げた。でもそこで気づいた。
このお父ちゃんの顔の角度では月は視界の中央にはないことに。
『なんで月?』
『んー?なんとなく』
『なんとなく?』
『なんとなく』
お父ちゃんはどこか上の空で相槌を打った。このとき、何を見ていたのかはわからない。
断言できるのは、私には見えない何かだったということだけ。
『さて、帰ろう。じーちゃんが待ってる』
お父ちゃんはそこでやっと私を見ると、スッと手を差しのべた。
その手をぎゅっと両手で握り、ブンブンと横に振った。
『お父ちゃん、帰ろう』
『うん、帰ろう』
そこは川の土手で、水面も夜空になっていた。
時々魚のはねる水音で静寂が崩れるぐらいで、とても静かな河川敷だった。
二人で肩を並べて歩いていたあの場所。
あれは、どこだったろうか………