桜の木の下に【完】
自室に戻って落ち着いてきた頃、神楽が心配そうにベッドにいた私の隣に座り、ブラブラと貧乏揺すりを始めた。
ゆっさゆっさと振動が伝わってきて、ベッドがギシギシと音を立てる。
何がしたいんだ、やめてくれ、と思ったときにちょうどピタリと止まった。
でもその横顔は終始変わらない。
「あたしたち、ちっちゃいときに会ってるんだよ?」
「…………そう、なんだ」
「あれ、驚かないの?」
「記憶がないのは知ってるから…」
「うん。だからちょっと寂しいんだ。一回きりとは言え、昔会ったことあるのになー、って思って。あたしはそんときの記憶あるからさ」
「………」
健冶さんのことが気になって仕方ない今の私にとって彼女の言葉はまるで心に入って来なかった。
そんな彼女に何か意図があるにしても、健冶さんの容態が気になってしまって考えられなかった。
「………………だーっ、もうっ!行こう!!」
勢いよく立ち上がった神楽は叫んで私の腕を掴んだ。
身体の重心がいきなり崩れて上半身がぐらついたけど、腕を掴まれたおかげで倒れることはなかった。
良質なマットレスも考えものだな、と思うぐらいには神楽のペースに巻き込まれてると思えた。
「どこへ?」
「健冶んとこ!気になるならお見舞い行こうよ!」
「勝手に行っていいの?」
「ダメなわけないっしょ。むしろ行くべき。そこで経緯を説明するから。どーせさっきの話聞いてないんだろーし?」
「………ごめん」
「何も謝る必要はないって」
「違う、違うの……」
「何が?」
神楽が首を傾げてくるけど、私は首を横に振ることしかできなかった。
何もかもを否定するような、拒否するような、そんな拒絶。
私のせいでこうなった。
私のせいで健冶さんは傷を負い、直弥さんの元気を奪い、悠斗さんにあんな蒼白な顔をさせた。
全て、私のせいなのだ。
私があのとき家に帰らなければ……
今朝の夢の中で、家に帰らなければ良かったんだ。
『迎えに行くわ』
夢の中でお母ちゃんは言った。
いや、正確にはお母ちゃんの姿をした誰かが言った。
『私は貴女の母親ではないけれど、桜田家を最も良く知る者。貴女は私を受け入れなければならない。避けてはダメ。逃げれば貴女の周りにいる人が傷つくことになる』
『どうして……?』
『貴女のお祖父さんの幻獣が貴女を狙っているからよ。それは知ってるわよね。何か変だ、と思ったら、明月……幻獣が関わっていると思いなさい』
『あなたは誰?』
『私は貴女の味方。私が出した条件、覚えておいて』
彼女の知らせたい要件は二つあった。
一つ目は近々明月が襲いに来ること。
二つ目は彼女を受け入れること。
受け入れるとは、私の身体を貸すこと。身体を貸すことによって、私は幻獣を目視できるようになるらしい。
そんな彼女は幻獣の類いだと思うんだけど、なぜお母ちゃんの姿をしているのかは教えてくれなかった。