桜の木の下に【完】
「ごめん、実はあたしはあの場所で隠れて見てた。あたしがもっと早くに加勢してればこんな怪我は負わなかったのに……人が増えたら、明月はあっさり退散したわ。それがわかって、なおさらあたしは悔しくて……」
「神楽が泣くことないよ。神楽だって怖かったんでしょ?幻獣は誰だって怖いよ。神楽がお父ちゃんたちを呼んでくれたんだよね」
「…………ありがとう、のっち」
演技の涙でも慰めてくれるのっちに僅かに良心が痛んだけど、無視した。
それに、のっちに説明する、って言っても真実の半分も話しちゃいない。もちろん、あたしはのっちのお父さんの血筋でもなんでもない。そこからもうすでに嘘をついている。
あたしが明月の気配を察知して駆けつけた頃には戦いが始まっていて、健冶が傷だらけにされているところで、あたしは足がすくんで動けなかった。でも、悠斗たちが来てくれたからあたしも加勢できると思って隠れるのをやめた。
そうしたら明月は逃げた。気を失ったのっちと健冶の回復を待ってたら今になった、とだけ話した。
ちょっと無理があるか?と思ったけど、のっちが素直で助かった。
確かに明月は逃げた。
というより、悠斗が執拗に追いかけ回したら退散した。
のっちも倒れたけど、それは神経麻痺が原因。薔薇には毒なんて無いのに、いつの間にか麻痺させる毒を生産できるようになっていたようだ。
極めつけは、健冶はそのときは意識がまだあった。
重傷ではあったけど、寝込むほどではなかった。
健冶は家に運ばれたのっちを診ると、毒が全身に回りつつあることを知り、とげが刺さって血が流れた足首に迷わず唇を寄せた。
そして、大蛇の力を借りて毒が混ざった血を全て吸って除いた。
除いて吐き出したまでは良かったんだけど、今度は健冶が気を失った。恐らく、傷口の回復を優先していたから免疫が下がっていたんだろう。
瞼が痙攣し、唇は青くなり、顔も蒼白になっていった。
直弥はパニックに陥ってうるさかったけど、あたしが鳩尾に一発かまして黙らせた。
「……妙な言動はあったか」
「いえ。健冶、直弥、この二名は潔白かと」
「残るは悠斗か……」
「未だに確信はないのですか?」
「見張りはつけているが……時々気配を消すときがある。最後には見つかるんだが、どうも怪しい」
「見張りのご命令を」
「その必要はない。神楽はこのまま続行だ」
「………御意」
一つ失敗を上げるなら、明月にマーキングをつけられなかったこと。つける前に悠斗が追いかけ、そのままいなくなった。
もしつけることができていたら、呼び出すのは無理だろうけど、居場所を把握することぐらいはできたかもしれない。探知タイプの幻獣よりも、あたしの幻獣の方が鼻が利く。探知タイプは気配が残っていたり近くにあったりしないと機能しない。
そして、健冶が目を覚ましたのは、さらに二日経った日の朝だった。