桜の木の下に【完】
夏
*健冶side*
夏。
外はアブラゼミのうるさい声で溢れ、じめじめとした空気でシャツが汗によって身体に貼り付く。
俺はそんなシャツを摘まんでバタバタとはたき風を作った。たいして涼しくはないが、気休め程度にはなる。
ふと、首を振っていた扇風機がこちらを向き、読みかけのページが捲れて次のページになってしまった。俺はそのページを元には戻す。
「……はあ」
ページが変わったことにより集中が切れたのか、急に目の疲れが襲ってきてため息を吐いた。
こめかみを指で押さえる。
その指に、右目の眼帯の紐が触れた。
ずれた紐を戻し、また本に視線を落とした。
季節は夏。
最初に明月に襲われてから三ヶ月が過ぎたが、第二波が来る気配がないまま夏になってしまった。
あのときに失ったものは大きかった。
俺の右目は、起きたときには毒の後遺症で見えなくなっていた。