桜の木の下に【完】
*健冶side*
俺の記憶は七五三の五歳のときからだった。
着なれない袴を直弥とお揃いで着て写真を一人だけで撮ってもらったり、二人並んで撮ってもらったり。
だが、直弥はじっとしていられなかった。
「飽きたー!!!重いし!!」
「直弥、我が儘言うなよ」
「だってつまんねーもん」
「ハイ、これで終わりだからもう外出ていいよ」
「っしゃー!!!」
直弥はカメラマンの苦笑いに気づくわけもなく、走ってさっさとスタジオから飛び出してしまった。
そんな弟に代わってカメラマンにお礼を言うと俺も外に出た。
よく晴れた日だった。
外に出ると、両親と弟、悠斗兄さんが談笑していた。弟はさっきまで邪険にしていた袴を自慢するかのようにぐるぐると回っていた。
「親御さん方に写真の出来を確認してもらいたいので、スタジオに来てもらってもよろしいですか?」
「はい、今行きます」
スタジオからひょっこりと顔を出したカメラマンに声をかけられ、両親は揃っていなくなった。
すると、直弥はまた駄々をこねる。
「あそこのアイス今食いたい」
「無理だ」
直弥が指差したのは、向かいの道路にあるコンビニだった。スイーツが売りのそのコンビニのチョコアイスが食べたいと、テレビのコマーシャルを見る度に騒いでいた。
俺は「無理だ」と一刀両断。
レンタルのこの袴を汚してはいけないのだと、子供ながらに理解していたからだ。
でも、悠斗兄さんは「いいぞ」と頷いた。俺はそれを見て驚いた。
「悠斗兄さん?」
「ただし、撮影が終わったらな」
「オレ、今食いたいの!!」
「ご褒美だと思えばいい。我慢すればするほど、美味しく感じるはずだ。今食べても美味しく感じないと俺は思う」
「なんで?」
「一人で食べるより、大勢で食べる方が美味しいからだ。だろ?」
「うーん……そーなの?」
「ああ。それに、皆で違う味を頼めば色んなアイスを食べられるぞ?チョコだけじゃなくて、バニラとかストロベリーとかな」
「そーなの!?じゃあオレ後で食べる!」
「ハハ、そうしろ」
悠斗兄さんは直弥を上手く丸め込むと、俺に苦笑してみせた。直弥が単純で助かった、と俺も笑ってみせる。
いや、単純だからこそこんなことになっているんだが……
帰り際に食べたアイスの味はもう忘れてしまったが、家族の笑顔だけは今でも覚えている。
べっとりと口の周りにチョコをつけた直弥の顔とか、両親のそれを見たときの微笑みとか、悠斗兄さんの呆れた顔とか。
そんなくだらないようで愛しい思い出が、俺の中にはたくさん詰まっている。