桜の木の下に【完】
*ののside*
「健冶さんて女子力高いですよね」と嫌みっぽく言ったけど何も言われなくて疑問に思い、隣の横顔を見上げるとどこか遠くを見るような目をしていることに気づいた。
やっぱり……と私は思った。
健冶さんの中にはなかなか消化できない思い出がたくさんあって、それを一つ思い出すごとに自分の世界からなかなか脱け出せなくなる。
それは私も同じだった。お祖父ちゃんのことを思い出すと、次々と芋づる式に風景が見えてきて収拾がつかなくなって悩まされた。
その後、健冶さんに声をかけてなんとかこちらの世界に引き戻したものの、彼はどこか夢心地だった。その余韻が残ったままじゃ、今を楽しめない。
「花火まであと三十分ですねー」
私が時計を見ながらそう言うと、健冶さんは気まずそうに目を泳がせた。
さっきまでの態度に反省しているのか、現実に戻されて動揺しているのか。
少しの静寂の後、独り言のようにボソボソとした声が聞こえた。
「俺は何色に見えるんだろうか」
えっ、と思って見上げるも、私に対する言葉ではないのはわかった。だって、健冶さんはまたあの目をしていたから。
答えようか、やめようか。
咄嗟に出た色は紫だった。濃くなくて、薄い紫。それを言うべきか迷ったけど、さりげなく声に出してみた。
「薄い紫色ですかね」
私の答えが意外だったのか答えが返ってきて驚いたのか、健冶さんは目を丸くして私を見下ろした。
そんな顔と「なぜそう思った?」の言葉に今度はこっちが焦った。パッと出たイメージカラーだったから理由がない。
早口に取り繕う。
「優しいし安心できると思ったからです。なんでもできるし、頼りがいがあるし…それに、一緒にいて心強いですから。直弥さんといると面白いですし。でも、時々不安になります…消えてしまいそうで」
最後は本心から出た言葉で小さくなってしまった。
あの目…どこか遠くを見る目をしたままどこかに行ってしまいそうだと思ったのが本音だ。悠斗さんを探しに行かないとも言い切れないし。
その衝動を我慢しているのかとも思ったときがあったけど、違うことに気づいた。
彼は待っている。帰りを。
柊家にいた、幻獣のように。
私にとっては微妙な空気のまま歩いていると、神楽の浴衣に似たのを着た人影がちらっと見えた。
その人影は屋台の角にスッと消えた。
あの方向には確か神社があるはず。頭上にある看板にもそう書かれていた。
このお祭りの名物を教えてみると、健冶さんは知らないようだった。本当に直前までお祭りに行くことに興味がなかったのだろう。
私たちは急いで神社に向かうことにした。