桜の木の下に【完】
*神楽side*
「のっち、寝たよ」
「寝たっつーか、眠らせたっつーか…」
「多分気づいてないけど疲れてるからいいんだよ。うんうんうなされてたし」
「あと、妙な気配がまとわりついててちょっと気になったわ」
「妙な気配?」
「ええ」
穏やかな寝息を立てているののを残して、私たちは居間に戻った。
加菜恵さんが感じたという妙な気配について、双子を交えて話した。
「ひーちゃんが警戒してなかったから害があるわけじゃないみたいだけど、一応気を付けてね」
加菜恵さんは相棒を膝に乗せて頭を撫でた。
喉をゴロゴロと鳴らしながら翡翠はまどろんでいる。
ちゃぶ台の向こう側では、健冶が色々と照合しているのか難しい顔をしていた。
「しっかし、健冶も用意周到だな。ののちゃんの体内にちょっとだけ残しておいたなんてさ」
「……まあ」
夏祭りで私たちははぐれ、のっちは事もあろうことか明月に襲われた。
健冶が近くにいたものの、防ぐことはできなかった。なぜならそのやり方が内側からだったから。
物理的な攻撃じゃなくて、精神的な侵略。
お寺の階段を登りきった直後、のっちは急に倒れこんだ。健冶が何度も声をかけたけど、起きなかった。
人の目があったから目立たないところに移動して経過を見たけど、いっこうに起きそうになかった。
苦しそうに息をしているのを見て健冶が焦っていたところで、私たちは合流した。
何度も何度も声をかけたけど、目を開けてくれない。
私も焦ってきたところで、健冶が私たちをのっちから離した。
『何する気だ?』
『精神的ダメージが大きいからあんまりやりたくないんだけど……仕方ない』
『だから、なんだよ』
明月の気配がのっちからだだ漏れてきた頃、健冶は意を決したように私たちに言った。
『実は、解毒のときに使った大蛇の水を桜田の体内に残してあるんだ。その水の力で桜田を夢の中から引っ張り出す』
『は?そんなことできんのかよ?』
『わからない……でも、あと少し桜田の気配が奥から出てくれればなんとかなりそうなんだ』
『要はタイミングね?』
『そうだ。待ってる間、俺は常に力を使っているし、桜田も異物が広がってることによって疲れが激しい。もしかしたら危険な賭なのかもしれない。失敗すれば桜田は衰弱し明月に捕まり、俺はまた明月の邪気にやられる』
『でも、やらなきゃわからない』
あたしの言葉に健冶は頷いた。
不安そうな顔をする直弥の肩を押して二人から遠ざけて、そこで見守った。
健冶はのっちの上身体を膝と腕で支えると、邪魔な狐のお面を取って、のっちの顔をちょっと見てから、自分の額をその額にコツンとくっつけた。
『…………』
『……少しだけ、あっち向いてる?』
ビクッと肩を強ばらせた直弥に同情してそう小声で言うと、彼は僅かに頷いて背中を向けた。
何も知らない人たちの流れを眺めていて、見て見ぬふりってまさにこんな感じか、と改めて思った。
………あんなオトコの顔をされちゃ、いくら兄弟っていったって頭が追いつかないよね。
あたしが気になって直弥から視線を外しチラッと健冶を見たとき、キス寸前のシーンだったからバッと直弥と同じ方向を向いた。
ひょえ~……大胆っ……!
直弥が見てなくてよかったよかった。
と、胸をゆっくりと撫で下ろしたとき『桜田!聞こえるか!』と健冶の呼ぶ声が聞こえた。
驚いて振り向くと『しっかりしろ!』と、のっちを必死に揺さぶっていた。
あ、気配がない。
それからあたしたちは頷いて、健冶たちのところに急いで戻ったんだ。