桜の木の下に【完】
「でも変ね…のっちをあんな簡単に取り戻せたなんて」
「んなの考えたってわかんないんだから結果オーライでいいんじゃねーの?」
「もしかしたら明月も弱ってるのかもしれない…と私は思うの」
直弥の軽い言葉でちょっとムカッときたところで、加菜恵さんがおもむろに口を開いた。
弱ってる、とはいったいどういう意味なんだろう。
「力の供給者がいなくなった…って考えられない?」
「力の供給者?集会でも話題になってあたしたちも呼ばれた裏切り者のことですか?」
「そう……結局犯人は見つからなかったけど、確かにいたのは事実。その供給者が明月に協力することをやめた、と考えたらつじつまが合わないかしら。明月がこれまで大人しくしてたのは、植物のように土から栄養を補給していたからで、もうその限界に近いんだとしたら……」
「明月が消えるのも時間の問題、ですね。だから俺でも桜田を救い出せた」
「ええ、そういうことになるわね」
健冶が妙な気配についてを考えるのをやめたのか、こちらの話に加わってきた。
健冶の言葉で導き出される結論はというと、逃げれば勝ち、ということだ。
それに気づいた直弥が顔をパッとほころばせる。
「てことは、オレたちもう勝ったも同然じゃん。逃げ切ればいいんだろ?」
「そりゃそうだけど…そう上手くいくはずがないじゃない」
「なんで?神楽は用心深すぎんだよ。難しく考える必要なんてなくね?」
「いや……むしろここからが難関だと俺は思う」
「私もそう思うわ。ここからは死に物狂いで明月はののちゃんを狙いに来るはずよ」
直弥は次々と意見が出てきて浮かせた腰をそーっと戻した。顔もふてくされたように口を尖らせていた。
あたしはそれを見て心で笑いながら、表面上は真面目くさった態度で二人の言葉に相槌を打った。
「直弥ももうちょっと考えたら?言葉よりも手足が出るのを我慢した方がいいときもあるよ」
「いや、わかってるし!言われなきゃ気づかないときだってあるし!これからは違うし!」
「ハイハイ」
「ちゃんと聞いてねーだろ!」
直弥を軽く受け流しながら、あたしは加菜恵さんの表情が気になっていた。
何かを決心したような、これから重大なことをしに行くような、そんな目。
こういう目をする人は大概、一人でそれをやりに行く。
………嫌な予感、といったら大袈裟だけど、その顔だけが気にかかった。