桜の木の下に【完】
*
その後、加菜恵さんが帰り、夕方になった頃にのっちが起きてきた。
「おはよー……って、今は朝じゃないか」
「夕方よ」
「あはは、そうだよね。でもそろそろ六時なのにまだ明るいね」
壁にある時計を見て、のっちはスッキリとした表情で外に視線を向けた。
オレンジ色の鮮やかな夕焼けが、雲をも塗り染めて空ごと包み込んでいる。
鳥が数羽、隣の家の屋根からピチチ…と鳴きながら飛び立った。
「うーん、結局花火見られなかったなあ」
「仕方ないって」
「神楽たちは見たの?」
ちゃぶ台に顎を乗せてこちらを見るのっちの瞳には悔しさがにじみ出ていた。
「見てないよ。それどころじゃなかったもん。花火の直前だったから人が少なかったものの、お寺のあの階段を人一人抱えて降りるのはたいへんだったんだから。浴衣がはだけないように抑えたり、落ちないように身構えたり…まあ、人が少なかったおかげでのっちが倒れててもあんまり目立たなかったけど。暗かったし」
「うわー、迷惑かけっぱなしじゃん。私重かったでしょ?ごめん…神楽も女の子なのに」
その言葉で危うく飲んでいた麦茶を噴き出しそうになった。
「え、いや、だ、大丈夫だったよ!双子にも手伝ってもらったし!のっちがちゃんと帰ってきてくれた喜びで重さなんて感じなかったよ!」
「本当?……ならいいんだけど」
「ホントホント、大丈夫だったよ」
運んだのあたしじゃないなんて、そんなの言えない………!
あたしはまだ不満げにぶうたれているのっちを尻目に、リモコンを手にしてテレビをなんとなくつけた。
『えー、ここで臨時ニュースです』
この時間ならいつもはグルメ特集なのにどうしたんだろう?と思って、チャンネルを変えずにそのままにした。
『つい先ほど、局所的な地震が長野県で発生しました。震度5の地震です』
「長野?それならここも3ぐらいになってもおかしくないのに、揺れなかったよね」
のっちの言葉にあたしは頷いた。
『しかし、震源が山奥だったため民家への直接的な被害は確認されておりませんが、二次災害の土砂崩れや地盤沈下などが発生する恐れがあるため、近隣住民はできるだけ出歩いたり近づいたりしないようにしてください。臨時ニュースは以上です。では、続いてのニュースです………』
「……幻獣臭がプンプンするわね」
「ああ、獣臭的な、ね……最近はこういうのなかったと思うんだけど」
「そりゃ、あたしたちが未然に防いでたからよ。でも…明月が関係しててもおかしくないから、これからニュースはチェックするようにしよう」
「…そう言えば、健冶さんと直弥さんは?」
ニュースから集中が切れたのか、周りを見回してあたしに聞いてきた。
ふふん、買い物よ、買い物。
「買い物だからそのうち帰ってくるはずよ」
「またお菓子とか買ってるのかな…夜食は控えた方がいいのに」
「この前、デブになるわよー、って脅したら、空腹でその前に死ぬわ!って直弥に怒られちゃった。思春期の男子って我慢ができないのかしら」
双子といっても、健冶とは大違いね。
*
「ぶうえっくしゅん!」
「うるさい」
「いやなんか、勝手に……いや、絶対神楽の仕業だな。アイツしか考えられん。帰ったらとっちめてやる」
「…ということは、桜田は起きたってことか」
「お、じゃあやっぱこれ買って正解じゃね?」
「…だな」
二人はその頃、ビニール袋を両手にぶら下げながら夕陽に目を細めて並んで歩いていた。
「……オレもグラサンが欲しいぜ」