桜の木の下に【完】
「どうかしたの?」
思ったよりも大きな声が出ていたのか、神楽が怪訝そうに廊下から顔を覗かせた。
私は花瓶を指差した。
「み、水が勝手に……」
「水?」
神楽は示された通りに花瓶を覗くと「ふーん……」と興味深そうに唸った。
私がさっきまでの出来事をかいつまんで説明すると、彼女は「ほほう」と納得したように頷いた。
どうやら何かを知っているらしい。
「これ、たぶん封印に関係あるわね」
「え、封印?なんで?」
「ちょっとだけだけどこの花瓶から幻獣の気配がするし、その『解』っていうのは幻獣使いの呪文みたいなものよ。たぶん、水瓶(みずがめ)っていうんじゃなかったかな」
彼女によると、この『解』という紙切れは水瓶の力を呼び覚ますものだという。
この水瓶は本当はただの高そうな花瓶ではなくて、何かを探知するときに使うようなものだとか。
つまり、この水にその何かを映し、それを把握するための道具。
「こういう道具ってもうほとんど使われてないから、なんだか新鮮ね。幻獣の種類も多様化してきてるし、道具に頼る必要はあんまりなくなったし」
「へえー…」
「じゃ、いっちょやりますか」
神楽がそう言いながらポケットから小刀を取り出すものだから慌てて止めた。
「な、なんでそんな危ない物持ってるの?ていうか、何するつもり?」
「何って、血を流すだけだけど」
「血!?」
「そう。道具を使うには幻獣使いの血液が必要になるのが普通。別に珍しくもないわよ?現にその『解』っていう字だって、墨に血液が混ぜてあるはずだし」
その言葉に思わず『解』を凝視した。
真っ黒だけど、まさか血が混ざってるなんて……
私が目を離したすきに、神楽はピッと指を小刀で切って血を滲ませていた。
「ほらのっち、やるから見てて」
「うう……」
色々と言いたいことはあったけど、神楽がなんでもない顔で私を見るから黙っていることにした。
封印の手掛かりになるのなら、無知な私は黙るしかないんだから。
神楽は血を水瓶の上までもっていくと、そのまま水の中に滴らせた。
一滴、二滴、と血が溶けていくと、だんだんとその水面に何かが浮かび上がってくるのがわかった。