桜の木の下に【完】
水瓶
どうやら、どこかの景色を見せているようだ。
「ここって……家?」
昼間の誰かの家。普通の家っぽい。
誰かの目線なのか、ゆらゆらと歩く度に揺れている。表札があとちょっとで見えそうだったけど、ピントが合ってないから読めなかった。
ドアノブに手がかかる。男の手っぽい。
ドアが開かれて玄関が見えた。
靴を脱いで、キョロキョロと見渡す。誰もいないのを確認しているのだろうか。
「この家の人の目線じゃないのかな?」
「さあ。女物の靴が見えたけど」
二人で考えてみたけどわからなかった。
男は色々な部屋を確認しながら慎重に廊下を進んでいる。リビングに近くなると、よりいっそうゆっくりになった。
そーっと覗くと、女性がこちらを背にしてソファーに座っているのが見えた。頭が傾いているから寝ているのかもしれない。
しばらく立ち止まって様子を確認すると、また歩き出した。
どこに向かっているのか、男はいったい誰なのか。
何もわからないけれど、固唾を飲んでひたすら見守った。
「あ…あそこ、健冶さんたちの家だよ」
「そのようね。とすると……」
男は階段をゆっくりと上ると、ある部屋に入った。そこの窓の外には見慣れた家の屋根があった。
ちょっと小さかったけど、たぶん間違ってないはずだ。
目線は窓から外れ、机の引き出しに指をかけるところに移った。横に伸びた薄い引き出しのところだ。
「秘密道具がありそうな引き出しだね」
「いやまさか……うええっ!?」
ないない、と手を振ったけど、あった。
「また紙?」
「ただの紙じゃないわ。ほら、魔方陣みたいなのが書かれてるじゃない。これも」
「ホントだ…」
引き出しの中には白い紙が折り畳んで収納されていて、何かを床に置いてからその紙を両手で開いて床に敷いた。
その紙には円形にびっしりと墨で文字が書かれている。
これにも血液が含まれているのかと思うと複雑な気持ちになる。
男はまた何かを持つと、その魔方陣の上に乗った。
魔方陣は妖しく光を発すると、目を開けられないほどの輝きを放ち始めた。
私たちは手で光を遮りその眩しさをしのいだ。その一瞬が過ぎると、薄暗い映像が流れた。
どうやらどこかの部屋らしく、暗いオレンジ色のスタンド式の灯りがひとつ、机の上に置かれていた。
そして、目が慣れてきた頃、床に踞っている人がいることに気がついた。
具合が悪いのか、肩を揺らして唸っているように見える。
男はその人に近づくと、優しくその肩に触れた。
その人は唸ることをやめ、ゆっくりとこちらに顔を向けた瞬間……
水面には何も映らなくなってしまった。