桜の木の下に【完】
「え、なんで?どうして…」
あとちょっとだったのに!と水瓶を睨み付けたが、その水も時間とともに底に吸い込まれて行き、水瓶はただの花瓶に戻った。
いいところでコマーシャルに入ったような心地になり、この悔しいような何とも表現し難い感情をぶつけようと花瓶から見上げたとき、神楽の様子がおかしいことに気づいた。
神楽が眉間にしわを寄せて、顔を蒼白にさせていた。
その視点は宙を踊り、あきらかに動揺している。
「神楽?どうかした……?」
「……なんでも、ないわ…………」
「なんでもなくないよね?顔が真っ青だよ」
「知らない方が…」
「ダメ、ちゃんと話して。私にはわからなくて神楽にはわかったってことは、幻獣が関係してるんでしょ?」
「…………明日、明日ちゃんと話す。二人にも話すから……………」
「本当?」
「ええ……だから、もう寝ましょう」
神楽は力なくそう言い、私と一緒に花瓶を運んで戻すとふらふらっと出て行ってしまった。
私も電気を消して自室に戻った。ふと時計を見ると、日付が変わろうとしていた。
「明日って……あとちょっとじゃん」
と、神楽を心配しながらも、ごたくをぶつぶつと呟きながら布団に潜った。
そして翌日に起きると、神楽は姿を消していた。
家のどこを探してもいなくて、外に飛び出そうとしたけど二人に止められた。
「実は隠してたことがあるんだ……」
そう、直弥さんに言われて私は肩の力を緩めた。
「神楽は……監視役だったんだよ」
「幹さんが指揮する暗部の一人なんだ」
神楽。
神楽、あなたのことをもっとちゃんと知っておくべきだった。
あなたの仕事…任務を隠していたから仕方なかったかもしれないのはわかってる。
でも、友達じゃなかったの?
……………仲間じゃなかったの?
「俺たちも……動けなかった」
ぽつりと呟いた健冶さん。
「神楽のこと、話すから。だから……」
『おまえもいなくならないでくれ』
彼はそう言い、身体をかがめて掴んでいる私の腕にすがりついた。