桜の木の下に【完】
失踪
*健冶side*
神楽と俺たちが出会ったのは偶然だった。
先代頭領の通夜のとき、俺たちはまだ五歳だった。
そう、七五三の直後と言ってもいいぐらいの時期だった。
お坊さんの言葉に何を思うでもなくただ俯いていると、ふと俺たちと同じぐらいの年の女の子がいることに気づいた。
前の方の列にいるその女の子は、先代頭領の家系の者が座る場所にいた。喪服姿でこじんまりと座るその姿がこの場には相応しくないと思った。
孫だったら、泣いてもいいはずだ。
先代頭領は寛大なお方で、優しい方だったと聞く。俺たちは覚えていないが、幼い頃に遊んでもらったことがあったらしい。
それなら、孫とも遊んだことがあるはずだ。俺たちよりもずっと多くの時間を共にしてきたはずなんだ。
だが、姿勢を崩すことなく、前の人の背中をただ見つめているだけだった。
通夜が終わり、ちょっとした晩餐を開いてもあの女の子は一人だった。他の孫たちは周りにいる人と賑やかにしているのに、あの子だけは異様だった。
親もいないようだった。
どういうわけか、親族なのに一人でここにいる女の子。
誰か大人と一緒に来たはずだと思って見回すも、彼女を気にかける大人はいない。それどころか、彼女はもはや空気になっていた。
いてもいなくても変わらない、そんな感じの空気に。
直弥は人の多さに疲れたのか早々に母さんの膝で眠ってしまっていたが、いきなり起き上がって俺にせがんできた。
「トイレ行きたい……」
「連れて行けってか」
「トイレー…」
「仕方ないなあ」
あの女の子が何者なのかと観察していたが、放っておくわけにもいかずよたよたと歩く直弥を連れてトイレに行った。
まったく……今思えばこいつは相当の甘えん坊だったんだな。
「どこにも行くなよ?」
「行かないよ」
「そこにいろよ?」
「わかったから、早く行けよ」
しつこい直弥をトイレに押し込んで、俺は廊下で待った。
水が流れる音が止むと、直弥がまたよたよたと歩いてきた。
「手洗ったか?」
「………あ」
「早く行ってこい!」
寝ぼけている弟をまたトイレに押し込んだ。
手のかかる兄弟を持つと苦労する。
直弥がまた戻って来たところで、今度こそ母さんたちのところに戻ろうとしたとき、子供の声がしたような気がした。
振り向くと、近くの部屋の襖から光がこぼれているのに気づいた。
「んー…どうかした?」
「一人で戻れるか?」
「ムリ!ヤダ!」
「じゃあ寄り道するけど」
「寄り道?」
あの場にいた子供はごく僅か。
だから、こんな隅っこの部屋にいるなんておかしな話で、もしかしたらあの女の子かもしれない、と直感的に足を向けたんだ。
直弥も少し目が覚めたのか、しっかりとした足取りで俺に続いて襖から中を覗いた。
部屋には二人の女の子がいて、一人は知らない女の子で、もう一人はあの女の子だった。