桜の木の下に【完】
*ののside*
『はあ……はあ……』
ひたすら何かを追いかけていた。
走っても走っても近づく気配はない。
そのうち、悠斗さんの背中が見えた。
なんだ、追い付いてるじゃん。
それに安心して速度を落とした時に、またその背中が遠退いているに気がついた。
すると、後ろから立ち止まっている誰かに追い抜かされた。
『神楽…!』
その誰かは紛れもなく神楽で、お祭りで着ていた浴衣を着ていた。
二人とも遠くなっていく。
『待って!』
こんなに必死に走っているのに!
そろそろ肺が限界に近づいて痛くなってきたころに、また一人神楽のように現れた。
『お祖父ちゃん!』
立ち止まって何かを見上げているお祖父ちゃんもまた、どんどんと遠くなる。
疲れと苛立ちを募らせながらも、私はその足を止めなかった。止めてはいけないと思った。
なんで、なんで皆いなくなっちゃうの?
泣きたくなってしまい、鼻をすすった。涙はすんでのところで留まらせる。
泣いたってどうにもならないんだから。
『お母、ちゃん…お祖母、ちゃん…?』
でも、知らない二人の背中が浮かび上がってきたときについに足を止めてしまった。
今度は二人が向こうに歩き始める。
追わなければ、ここで追わないと手遅れになる、という使命感が身体中を駆け巡ってきて、私は拳を握りしめた。
それでも、もう足は動きそうになかった。
『ごめん…ごめんなさい…ごめんなさい…』
私は膝から崩れて、そんな謝罪の言葉を繰り返し繰り返し呟いた。
誰に対してなのかなんて、もう関係なかった。
心の底から湧き出てくる哀しみに、私はただ子供のように泣き崩れることしかできなかった。