桜の木の下に【完】
*
「ののちゃん、幻獣が人の寿命を縮めるのは知ってる?」
「はい、聞きました」
「そう…私はそれが嫌で普通の人と同じぐらい長生きしたかったの。普通の人と結婚して、子供を産んで育てて、孫を抱いて、旦那さんと寄り添って生きて死にたいと願ったの。だから幻獣とは縁を切った」
「そんなことできるんですか?」
「もちろんできるよ。封印とはまた違うんだけど」
そう言う早菜恵さんの顔には陰がさしていた。彼女は私と同じくこたつで暖を取っている。
その翳った目には何が映っているのか。
「まあ、そうなると幻獣は消滅する選択しかなくて、自分勝手だったかなーとは思った。いい子だったからさ」
たぶん、その目に映っているのはかつてのパートナー。
唯一無二の存在。味方。
「でも、あの子は許してくれた。私のこれからを優先してくれた…って言っても、ののちゃんにはわからない話か」
早菜恵さんに苦笑混じりにそう言われて、私は首を横に振った。
「いいえ。幻獣は時には怖い存在かもしれませんが、友達のような、家族のような存在でもあるんだって直弥さんが言ってました」
「そっか…家族かあ。まあ確かに、妹がいたらこんな感じなのかな、とは思ったことあるかな」
彼女は納得したように何度も深く頷いた。
でもその目はやっぱりどこか遠い。
「私は幻獣が見えません。触ることもできないんですけど、早菜恵さんはどうですか?」
「私はね、たまーに感じるときがあるんだ。あ、あそこにいる、って。確認するといるときもあればいないときもあって凄く曖昧な感じなんだけど、でもいたときは嬉しいって思う」
「その道を嫌ったのにね」と自嘲したような笑みで私に言うから、大きくかぶりを振って否定した。
それは誰もが考えたであろう道で、でもしなかった道。
その道を貫こうとした彼女は立派だ。
色々と考え、悩み、苦しんだに違いない。
「私は失ったものを取り戻そうと考えています。今どこにいるかはわからないし、力を取り戻したところで何ができるのか、何をしたいのかはまだ決まってません。けど、誰かの支えになれればいいなって思ってます」
「うん、そっか…私もこんなだけど、誰かの支えになってるのかな」
「なってますよ、もちろん。今は私の支えになってます。境遇は違いますけど、似た者同士でお話ができてよかったです」
「うん……うん……」
早菜恵さんはまた深く何度も頷いていたけど、それは赤くなった目を隠すため。
私も彼女のような道を選ぶように説れていたのかもしれない。お祖父ちゃんたちが封印をしたのは私のためで、長生きしてほしかったから。
お祖母ちゃんやお母ちゃんが早くに亡くなって、家族が皆自分よりも死んでいくのが辛かったお祖父ちゃんの選択だった。
その選択に素直に私は従っていたのだろうか。
パートナーがいなくなったことのショックで記憶を失ってしまったのではないだろうか。
楽しかった記憶も封印したんじゃないだろうか。
ふと、そんなことを思った。