桜の木の下に【完】

「のの、起きろ。父さんもう帰るぞ」

「ん……お父ちゃん?」


お父ちゃんの声が耳に届いて目が覚めた。

お父ちゃんの顔が私を覗きこんでいるのを見て、ハッとお祖父ちゃんのことを思い出した。


「あ!お父ちゃん!お祖父ちゃんが死んだ、…って……本当…なの……?」

「……………ああ、そうだよ」


私の言葉にみるみる内に暗くなっていったお父ちゃんの顔色に、声が小さく掠れてしまった。

そして、お父ちゃんのはっきりとした答えに私の頭を冷たい風が通り抜けたように感じた。


「当主、そろそろお時間です」

「ああ。今行く。のの、おまえはここでしばらく暮らすんだ。ここは安全だから」

「ここ、って……?」

「柊家だ。いい子にしてろよ?俺はこれから色々とまわらないといけない。新しい当主として……」

「当主……」

「すまない、のの。一段落したら必ず迎えに来るからな」


お父ちゃんは部下を連れて部屋から出て行った。

私は必死に頭を整理しようとした。でもできなかった。一度に環境が変わりすぎたのだ。

寝ているベッド、白いクローゼット、高そうな机や照明などの家具たち。知らない匂い、知らない空間にいきなり放り込まれたこの状況でじっとしていられるわけがない。

私はのっそりとベッドから起きた。


「誰か捕まえて説明してもらわないと」


柊家……柊ということは、さっきまで一緒にいた男子と同じ名前だ。校長先生は確か違っていたような気がする。

ドアを開けて外に出ると、長い廊下が続いていた。物音一つしないから不気味だな。

恐る恐るドアを閉めて前に進んだ。どうやらこの部屋は廊下の一番端に位置しているらしい。日の光が窓から差し込んでいる。

その光に影を落としながら、私はこの今置かれている状況について考えていた。

誰もいないのはおかしい、と。

当主となったお父ちゃんの見送りをしているのだろうか、と思ったけど、私を護衛する気があるのならガードマンを就かせるべきだ。一人にしておく意味がわからない。

私は廊下を早足に進み、突き当たりにあった階段を下りる。

階段の上にも高そうなシャンデリアが飾ってあって、ここはどこかのお城か!と純和風の自分の家と比べてしまった。

私の家は木造何百年と古い建物で、雨が降ろうが雪が降ろうが……雨漏りが酷い。

しかし、業者に頼んで修理しようにも、何か幻獣に関係する何か、心霊屋敷じゃないけど、祟りとかが起こるといけないから私たちだけでコツコツと直している。


「……あ」

「勝手に出歩かれては困る」

「…え、えと……」

「幻獣が見えないのは本当のようだな」


冷たく言い放たれて私は困惑した。

階段を下りた先にいたのは、柊悠斗だった。
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