桜の木の下に【完】
次の日、電話をすると加菜恵さんが出た。
直弥さんに言われたシナリオ通り、加菜恵さんの家にお邪魔したいと告げると快く引き受けてくれた。
受話器を置いた瞬間、どっと自己嫌悪がのしかかる。
騙してしまって本当に申し訳ない。
「これから行ってきます」
「ダッシュで行けよダッシュで!オレたちはついてけないから」
「こんな短距離で幻獣に襲われるわけないじゃないですか」
「ええっと、幻獣じゃなくても人だったり……人だったり?」
「こんな明るい時間帯に人なんてあるか。気を付けて行ってこい」
「はい!行ってきます!」
と、自分にかつを入れるために元気よく家を出た。
残された二人はというと、ここら辺一体を歩いて回って異常がないか調べるらしい。
穂波家以外にも該当するところがないか隈無く調べるんだ。
「いらっしゃいののちゃん。何もなかったかしら」
「異常ありません!」
「ふふふ、今日はなんだかいつもより元気ね」
と、ちょっと疲れたような表情をした加菜恵さんが出迎えてくれた。
やっぱり、この風景はあの映像に似ている。
怪しまれない程度にきょろきょろと見回しながら後ろに続いた。
「今日は校長先生はいないんですか?」
「そうねー。情報収集のために東京に行っちゃった」
紅茶を貰いながらさりげなく聞いてみる。
案の定、校長先生はいなかった。
「こうして会うのは夏休み以来ね」
「はい。この間は早菜恵さんが来てくれて助かりました!ありがとうございました」
「あらそう!あんな妹でもやることはできるのね」
そのあとは、早菜恵さんの思い出話で盛り上がった。
加菜恵さんは終始笑顔で、なんでそんなに疲れたような顔をしているのかが不思議だった。
髪もなんだかくすんで見える。
「加菜恵さん大丈夫ですか?顔色があんまりよくないみたいですけど」
「うーん……そう?寝不足かしらね」
「ちょっと横になったらどうですか?」
「でも眠くないのよ」
「えっと、じゃあ私が紅茶淹れるので教えてください!」
と、なかば強引にキッチンに連れ出し何度か練習してから、私一人がキッチンに立って紅茶を淹れた。
そこに健冶さんから貰ったのを……こんぐらい入れて。
「はい、できました!お湯の温度にも気を付けたんですけど」
「ふふ、いい香りね」
レモンティーをティーカップに注いで、加菜恵さんに渡す。
彼女はなんの疑いもなくそれに口をつけた。
「よくできてるわ。美味しい」
「そうですか?」
「ののちゃんも飲んでみて」
「あ、えっと、じゃあ……」
加菜恵さんはそう言ってティーカップをテーブルに置いた途端、「ふあっ」とあくびをした。
「なんだか眠くなってきちゃったみたい」と申し訳なさそうに私を見て言ったけど、「どうぞどうぞ。やっぱり疲れてるんですよ」と促してソファーにクッションを持って置こうと振り向いたらもう眠っていた。
「もうちょっと起きてるはずなんだけど……量とかじゃなくて健康状態が問題な気がする」
私は加菜恵さんを心配しながらも、ブランケットを彼女にかけてあげて紅茶を片付けてから静かに二階に向かった。