桜の木の下に【完】
暖房を入れていたリビングとは違い、廊下は寒かった。
スリッパをパタパタとさせながら階段を上ると、お目当ての部屋を見つけた。
恐る恐るドアノブを押すと、あっけなくそれは動いてドアも開いた。
そこには……例の机が。
「この、引き出しに……」
ゴクンと唾を飲み込んでから薄い引き出しを引くと、そこにはやっぱり大きな和紙があった。
あった……見つけてしまった。
私はそれを見て青ざめる。
これを持って帰ったらどうなるんだろう。
神楽は戻って来る?
悠人さんは見つかる?
明月にもたどり着く?
でも、校長先生は?加菜恵さんは?
いったい、どうなってしまうんだろう。
私の目的はこれを持ち帰ることだ。
それを果たさないと、ここに潜入した意味がない。
でも、二人を裏切るようなことをしてるのに……このままそっとしておいた方が…いやでも、神楽の手がかりかもしれない……
悶々と考えていると、そのうち手がガクガクと震えてきた。
手の加減がわからなくなって、和紙に僅かにクシャッとシワが寄る。
どうすれば……どうすれば……
私が決断できずにいると下から「ただいま」という言葉とともにガチャンとドアが閉まる音が響いた。
その音に「ヒッ」とビックリして、サササッと紙をもとの引き出しに戻して、スリッパを脱いでから階段を下りた。
すると、リビングから声が聞こえた。
「加菜恵…?寝てるのか。ののちゃんもいない」
私が来ていることを知っている?
そう言えば、今はいないけど電話したときはいたかもしれないし、靴もそのままだった。
ヤバイ!このままだと、見つかったときにどこに行っていたのか聞かれる!
私はあたふたとその場で慌てたけど、ちょうど目についたトイレにそっと駆け込んだ。
そして、水が勿体ないけど便器の水を流して私がここにいることを知らせる。
少し経ってから、何事もなかったかのようになに食わぬ顔でリビングに戻った。
「あ、校長先生こんにちは。お邪魔してます」
「ののちゃん久しぶりですね……うん、でもここは家なので校長先生はやめてくれないかな。真人でいいよ」
「アハハ、それもそうですね真人さん」
笑顔、ひきつってないかな。
悠人さんにどこか似たその目は嬉しそうに細められて、私を見つめていた。