桜の木の下に【完】
「立ち話も面倒だ。ついてこい」
「……あの、」
「話は後だと言っている」
もうすでに歩いている彼にぴしゃりと言われて、それからは口をつぐんだ。
彼の歩くスピードになんとかついて行くと、1つの部屋に案内された。なんだか中が騒がしい。
悠斗さんは少し険しい顔つきになると、ドアをノック無しに開け放った。
「おまえたちうるさい」
「「……あ」」
その部屋の中には男子が二人、勉強をしていたのかノートから同時に顔を上げ、悠斗さんを見た瞬間それぞれの表情をした。
一人はなんでもない顔で、もう一人はばつの悪そうな顔でこちらを見ていた。
「まあいい。これから大事な話をするから早く片付けろ」
二人は悠斗さんから私に視線をずらすと、パパパッと勉強道具を隅にどけて鞄に閉まった。
その二人の顔に私は物凄く既視感を抱いた。
間違いなく、クラスにいたあの男子二人組だ。
「準備完了しました」
「健冶(けんじ)、おまえはお茶を用意してこい。直弥(なおや)はじっとしてろ」
「はい」
「えー……」
健冶、と呼ばれた、しっかりしている方の男子は部屋から出て行き、直弥と呼ばれた男子は不満そうな声を漏らした。
悠斗さんも席についたところで、私はおろおろと立ち尽くした。彼らに習って座ればいいのだろうか、でも、あんなに長いテーブルのどこに座ればいいんだろう…
「ののちゃん、困ってるっぽいけど」
「放って置けばそのうち座る」
「うわー、まさかの放置プレイ?ののちゃん、こっち来て座れば?」
足を組んだ悠斗さんはその態勢から動く気配はなく、こちらを見ようともしない。
見かねたのか、直弥さんに手招きされて近づくと、さっきまで健冶さんが使っていた席に案内された。
え、と迷っていると「いいからいいから」と腕を引っ張られて強引に座らされた。位置的には、右隣に直弥さん、私の向かいは悠斗さんになる。
正直、目の前に座らされても困るんだけど。
「ののちゃんって何歳?」
「……17、です」
「俺らの1個下!?もうちょっと下だと思ってたわー」
「直弥、失礼にも程があるだろ」
「健冶戻って来んの早くね?」
「おまえと違って慣れているからだ」
健冶さんはいつのまにか戻って来ていて、紅茶とクッキーを乗せたカートを押していた。
これはまた、高そうな食器だね……
健冶さんは本当に慣れているのか無駄のない動きでお茶の準備をすると、悠斗さんの隣に座った。
その間で、私の隣ではもうすでにクッキーが半分消えている。
「悠斗兄さん、話とは?」
「おまえたち二人には桜田の護衛に就いてもらう」
「護衛っていつからいつまでなわけ?」
「四六時中だ」
「二時間休みあるじゃーん……はい、スミマセン」
二人の射抜くような視線にたじろいで直弥さんは肩をすくめ、紅茶をズズズッと飲んだ。
その音にもまた厳しい目を向けられて、彼は「何やっても睨まれるオレって一体…」と肩を落とした。
本人は自分にも問題があるとは気づいていないらしい。
「同じクラスになった以上、拒否権はない。放棄も許されない」
「だいたいの情報は入ってます。彼女を幻獣から護ればいいんですよね」
「護るだけでなく、幻獣についてを教えるようにも依頼されている」
「まあ、見られないんならしゃーないよな。幻獣なんて空気と一緒だしな」
「そうだな。部屋から勝手に出歩き誰かいないか探すぐらいだ。あの部屋の周りは幻獣に護衛させていたというのに」
悠斗さんは皮肉を私に向けるとわざとため息を吐いた。
その言葉に健冶さんも表情を少し暗くさせた。
「人が幻獣から人を護るのはほぼ不可能だ。幻獣が護るしか道はない。しかし、それでは実感がないだろうから、おまえたち二人がつくようにしろ。依頼は最後までやり通せ」
「わかりました」
「俺はこれからまた学校に戻る。おまえたち二人でこいつにイチから教えてやれ」
悠斗さんは言い終わると椅子から立ち上がり颯爽とこの場から出て行った。
私はその背中を見ながら、話って私何も喋ってないんだけど、と心で愚痴をこぼした。
彼がいなくなると、三人のため息が重なって顔を見合わせた。
「まあ、やっぱそーなるよな」
ニシシ、と歯を見せて直弥さんは笑った。