桜の木の下に【完】
*直弥side*
「悠人!悠人!……クソッ!」
あれから何度も声をかけて揺さぶっているが、いっこうに目を覚まさない。
死んでないのに、なぜなんだ!
冷や汗をかいていると、背後で盛大に何かが落ちる音がした。
「痛っ!!」
「健冶?健冶なのか?」
「な、直弥か…」
ケツを手で押さえながら、健冶は四つん這いになってオレを見上げた。
でもやっぱり痛いのか、項垂れながら悶えている。
それを笑いそうになったけど、今はそれどころじゃないのはバカなオレでもわかっている。
「健冶、悠人が目を覚まさないんだ!」
「悠人?…悠人兄さん!?」
「なんとかならないのか?なあ!」
健冶は悠人をその目に収めると、痛みなんてふっ飛んだのか目を見開いて慌てて駆け寄った。
オレとは反対側に座って悠人の首に指をあてる。
「脈はあるが…弱い。眠っているのか?」
「ずっと起こしてるのに起きないんだ」
「原因はなんだ」
健冶に「この体勢はよくない」って睨まれてオレは謝った。確かに俯せはよくないな。
俯せに倒れている悠人を引っくり返そうと二人かがりでやろうとしたとき、動かないことに気づいた。
健冶の顔がさらに険しくなる。
「明月に力を吸われているのか!」
健冶が腕だけを動かすと、袖の隙間につたが見えた。そのつたは床を突き破って悠人の服に侵入している。
オレ側の腕にも、両足にもつたが巻き付いているのを確認した。
「だが、この状態なら死んでもおかしくないはずなのに……」
「今はそんなの考えてる暇なんかねーよ。取り合えずこれを切るのが先決だろ」
「そうだな」
健冶が刀でつたを切ると、その瞬間から悠人の背中から複数の幻獣が流出してきた。
オレたちはビックリして後ろ手に床に手をついた。
「なんだこれ!」
「………そうか、そういうことか。こいつらが…悠人を護ってくれていたのか」
オレも気づいた。
この幻獣たちは…ウチにいたやつらだ。悠人が消えないように力を分けてた。
その幻獣たちは悠人とともに姿を消したから、力が枯れて消えたもんだとばかり思ってたけど違ったんだ。
「こいつらは綱引きをしていたんだ。明月が力を吸い取ろうとしていた反対側で、こいつらも奪ってやろうと踏ん張っていた。その力のやり取りで悠人は疲れて目を覚まさないが、死にはいたらなかった。そして、俺がさっき綱引きの綱を切ったから反動で外に投げ出されたんだ」
「理屈はいいっつーの!毒の確認してくれよ」
「…直弥、なんか変わったな」
「健冶が腑抜けただけだろ」
確かに変わったかもしれない。
オレは自分の弱さを認めた。だからオレにできることをして、できないことは任せる勇気を得た。
同じことができなくたって、別のことができればいいんだから他人と比較したって意味がない。
「毒はない。供給源をみすみす死なせるようなことはしたくなかったんだろう。それにしても、誰かに世話を受けていたのか?服も清潔だ」
「ここから早く出ようぜ。明月が気づいて襲ってくるかもしれないし」
「だが、どうやって?」
そう聞かれたオレは肩をすくめてみせた。健冶は口をへの字にする。
オレも健冶よりは早くここに来たけどそんなに時間差はなかったし、悠人が起きなくてパニクってたからわかるはずもなかった。
二人でため息を吐いたとき、また悠人の背中から幻獣が飛び出してきた。
他の幻獣は…力尽きて塵になって消えてしまい、ざわざわと気配が溶けていった。
飛び出してきた幻獣は、なんと疾風だった。
「うわっ!いきなり出てくんなよ」
オレはビックリして尻餅をついたけど、その大きさにさらに驚いた。
…………ちっさ!!
人が乗れるような大きさだったのに、今はタカぐらいになってしまっている。
でもすぐに、その足で掴んでいる物に気がついた。
「何持ってんだ?」
「見せてくれ」
健冶の手に渡した物。
それは巻物のような紙だった。
紐を解いて半分ぐらい広げると、中には木が描かれていた。
これってもしや……
「ののちゃんが言ってた掛軸じゃないか?」
「……これはただの掛軸じゃないな」
「そんな目利きをいつ習得したんだよ!」
「違う。幻獣が持てるということは、これはただの掛軸じゃないってことだ。つまり、これも道具の一つなんだよ」
オレには骨董品の良さはさっぱりわからねえ!と思って言ったらぴしゃりと否定された。
しゅん、としてると健冶が思ってもみなかったことを指摘したから納得した。
でもなんで疾風が持ってるんだ、と疑問が浮かんだけど、今はそれどころじゃないっつーの。
一刻も早くこの密室から脱出しなければ。
「出口知らないか?」
オレが試しに疾風に聞くと、しばらく部屋の中を飛び回ってあるところでとまった。
コツコツとくちばしでつつく。
「時計?」
「時計が出口なのか?」
こんなのもわかんないのか、と言いたげにオレたちを時計の上から見下ろすと、針をぐるぐるとくちばしで回し始めた。
そして、十二時の一分前で時計を止めた。
今まで気づかなかったけど、あの時計は動いていた。秒針があと三十秒だと告げている。
それを見届けた疾風は、隙をついて健冶から掛軸を奪って飛翔した。
「は?返せ!」
オレが奪われた掛軸を取り戻そうとジャンプしたとき、ちょうど床が消えた。
同じく、健冶の周りの床もぽっかりと穴が開いたように空間ができていた。
でもさすが健冶、しっかりと悠人を掴んでいたから取り残すことはなかった。
「イテッ!重い!重いって!!」
「……すまん」
なぜか脱出できたものの、オレが最初に着地してその上から二人が落ちてきたからものの見事に下敷きになってしまった。
目の前に火花が散る。
その火花がなくなってくると、だんだんとここがどこだかわかってきた。
あの二階ではなく、リビングだ。
「重量オーバーでズレたみたいだな」
オレの上からどきながら、健冶は悠人も床に降ろす。
心なしか、悠人の顔色がよくなっていてほっとした。
「け、健冶くんと、直弥くん……………?」
か細い音女の声が聞こえて思わず鳥肌が立ってしまった。
「加菜恵さん!なぜあなたがここに?」
一足早くキッチンの方を振り向いた健冶が驚きの声を上げたからオレもそっちを見ると、怯えたように震えた加菜恵さんがシンクからこっちを覗いていた。
「わからない、わからないの…でも、恐いのはわかるの。何も思い出せないけど…あと、腕を縛られててほどけないのよ」
「ちょっと待っててください」
健冶が慌てて駆け寄ってしゃがんだ。
いったい、どうなってんだ?
悠人がなぜかあそこにいて、加菜恵さんもここにいるわけを忘れてる。
それに、肝心の校長は?どこにもいなかったけど…
………オレは何をすればいい?