桜の木の下に【完】
きっかけ
*ののside*
「………はあ」
「………………」
「はあ………」
「ののちゃん?一回、息止めない?」
「え?」
「…………なんでもない」
わかってる。
ため息が止まらないのはわかってる。
でも、向こうでは何が起きているのかわからない。
さっき、また地震?と思って外に出ようとしたら、暗部の人たちに拒まれて出ることはできなかった。
私の家は低いから窓からあの家は見えないから、心配で仕方ない。さっきの地震がこの事態に関係してるのは暗部の反応でわかった。
静かすぎて落ち着かないけど、じっとしてるしかできないのももどかしい。
二人とお父ちゃんの安否が気が気ではなかった。
「大丈夫だよ、もしかしたらお姉ちゃんたちとは関係ありませんでした、って帰ってくるかもしれないし」
「……そう、ですね」
早菜恵さんが私を慰めるように笑顔で言った。
確かに何もなくて帰ってくる可能性はある。
というか、それを願っていた。
でも絶望的なほどに刻一刻と時間は過ぎていく。
「くっ……」
泣きたくなってきた。
「何か飲む?」
「……はい」
「じゃあココアかな」
居間で隣に座っていた早菜恵さんはすっと立ち上がると、台所で支度を始めた。
ポットがボコボコとお湯を沸かす音がする。
最近寒かったからココアは買ったばかりだった。二人ともコーヒーとか紅茶とかストレートで平気で飲むものだから、私はその横で麦茶とか緑茶を飲んでいた。
でもそれじゃ身体が温まらないからと、二人がココアを買ってくれた。
ココアにお湯を注ぐとふわっと甘い匂いが立ち上って、飲んでみたら温かくて甘くて美味しくて、それからはココアがマイブームになっていた。
お湯だけじゃなくて牛乳を入れて飲んだらカルシウムも採れると、健冶さんに勧められてからは牛乳も入れるようにした。
でも最初に少しお湯を入れてよく溶かさないと、粉が残ってたまにザラザラと舌に残る。
「はいどうぞ」
そんなことを思い出していたら、目の前にカップを差し出された。
見上げると、ちゃっかり自分の分まで用意していて苦笑した。
「………私もね、ココアにハマってた時期があったんだ」
「そうなんですか?」
ふうふう、と熱いココアを冷ましながら聞いた。
そう言う早菜恵さんは、ちょっと困ったように笑っていた。
「パートナーがいなくなって、寂しくてたまらなくなって泣いてばかりだったときに、ね。あ、そんな昔の話じゃないんだ。三年ぐらい前にそんな感じで自分でも嫌になった。この道が本当に合ってるのかなんてわからないから、もしかしたら間違ってたんじゃないかって」
「そんな……だって、普通に暮らしたいと思ったんですよね?」
「そうなんだけど…そのときの私にとって、幻獣と関わってるのが普通だったから、普通の意味を見失っちゃってたんだよ」
「……」
環境が変われば、例え望んでいたことだとしても誰もが困惑する。
普通の学校に通う孫を見て、祖父はなんと思ったか。
普通の学校に娘を一人で通わせて、父は心配せずにはいられなかっただろう。
そんな私がこの学校に行きたいと言ったとき、二人は何を思ったのだろうか。
驚いた?困った?喜んだ?
いまいち、顔を思い出せない。
暗くなった空気を一掃するべく、私は話を変えた。