桜の木の下に【完】

*

ハッと目を覚ますと、そこは誰かの膝の上だった。頭に柔らかい感触がある。


「遊び疲れたみたい」

「そうみたいだな」


でもまだ眠くて目を閉じる。

男女の声は続き、髪を優しく撫でられた。その手の動きがなんだかくすぐったくて身をよじると、ごろんと膝から落ちてしまった。

ゴチンと頭が地面に当たって目が覚める。どこか外なのか、レジャーシートが土から頭を守ってくれた。

焦点のよく定まらない目をパチパチとさせて膝の主を見ると、お母ちゃんだった。


「頭、痛くなかった?」

「うん!」


へらっと笑ってみせると安心したようにお母ちゃんがはにかんだ。

その隣には今よりも若いお父ちゃんが私を見つめている。


「もう三歳だから平気だよな」

「平気!」


単語しか言えないのか、と私は苦笑した。

……うん?

なんか変だな。

自分の思ってることと喋ってること、身体の動きがてんでバラバラだ。


「ののは甘えん坊だな。そんな母親にベッタリでどーすんだよ」


いきなりお父ちゃんの背中から現れて、お父ちゃんの肩に頭を乗せてこっちを見下ろす男の子。

……………誰?


「ヤキモチか?」

「んなわけあるか。僕は高貴な存在だからプライドも高い。そんなちっちゃいことは気にしない。わかったか?」

「はひはひ」


お父ちゃんに指摘されて男の子はふてくされたのか、彼の頬っぺたをつねって引っ張った。


「早くデカくなれよのの。僕に見合った存在になってもらわなくてはな」

「はーい」


私はバカみたいに手を高く挙げて返事した。

そうか、ここ……!

明月の毒で寝込んでたときに見た河原だ。

そう気づいたとたん、川を流れる水の音が鮮明に耳に届いた。私の後ろにはお父ちゃんが見上げていた木がある。

そこではオオカミとキツネが枝と枝を縫って追いかけっこをしていた。


「千里(せんり)ー!琴音(ことね)ー!」


それに同時に気づいた幼い私はその二匹を呼んだ。

グルグルと目にも止まらぬ速さで飛んでいた二匹は私の側まで来ると頭を擦り寄せてきた。

ぐいぐいと両方から押されて後ろにどうと倒れる。


「千里、手加減してやれよ」

「琴音もよ」


男の子がオオカミを叱りつけ、お母ちゃんはキツネの身体を引っ張った。

たぶん、千里がお父ちゃんの幻獣で、琴音がお母ちゃんの幻獣なんだ。

幻獣って、こんな感じなんだ!!


「うひゃー!やーらーれーたー!」


めちゃくちゃ楽しそうに空に向かって私は叫んだ。


「なんでこんなに仲良しなのかしらね」

「それは僕のパートナーだからに決まってんだろ」


お母ちゃんが呆れたように、二匹にぺろぺろと顔を舐められる私を見下ろしながら言った。

男の子はちょっと不機嫌にそう答える。


「やっぱりヤキモチやくよな、俺もやく」

「どっちにだ?」

「もちろん………いや、黙っておこう」


男の子がニヤニヤとしながらお父ちゃんに聞いたけど、千里が答えを待たずにジロッとお父ちゃんを睨んだから答えは言えないようだった。

「ちっ」と男の子は舌打ちをする。


「聞こえてるから」

「ひっかかれよそこは。お硬いよなホント」


苦笑いをするお父ちゃんに悪態をつく男の子に私も苦笑する。

それにしても、この男の子が私の幻獣なの?

人型は確か、物凄く強いんじゃなかったっけ。


『久しぶり、のの』


頭に直接響くような声がして、私は振り返った。

それと同時に風景は消えて、家の居間になった。あの男の子が私と一緒にこたつに入っている。


『見つけるまでに随分と時間がかかったな』

「あなたは…誰、ですか」

『はあ?今見た通りだろ。僕は君のパートナーの…名前も思い出せないわけ?』

「うん……」

『残念だなあ。それじゃ僕の封印は解けない』

「え?」

『名前を呼んでくれよ、のの。水瓶にも″解″って書かれた紙があっただろ?今度はそれが名前になっただけだ』


『探せよ』と男の子は言い残すと、ふっと消えた。

「待って!」と慌ててこたつから出たら足が布でもつれて転んでしまい、額を強く打ってしまった。

めっちゃ痛い!!

涙が溢れてきた。

痛さに目をぎゅっとしばらく閉じて、手で額を押さえていたらだいぶ痛みが落ち着いたから目を開けた。

すると、こたつもふっと消えて、ズラッと扉がいくつも並んだ。

私の無様な姿を見ていたのか、笑い声が遠くから聞こえてくる。

笑うなんて酷いなあ、と私はむすっとしたけど、扉がどうしても気になる。

そこかしこから懐かしい感じが漏れてくる扉に、自然と腕が伸びる。

このどこかに名前のヒントがあるはずだ。


「三歳ってことは少なくとも三年分から探すんだよね。時間かかりそうだな…でも、必ず見つけ出す」


自分のためにも、あの男の子のためにも。
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