桜の木の下に【完】
封印
*健冶side*
「燃やせ……」
加菜恵さんと悠斗を連れて家から出ると、背中に神楽を背負った幹さんが鋭い目付きで家を睨み付けていた。
どうやら俺たちが出るまで待っていたらしく、幹さんは俺たちを一瞥するとオオカミに向かって命令した。
オオカミは怒り狂ったように遠吠えをすると、そのまま炎を口から放って家を燃やしていく。
周りに散乱したつたの残骸も一緒に燃えた。
加菜恵さんは絶望に歪んだ瞳でそれをただ見つめるだけだった。彼女は見つけてからずっと何も話そうとしない。
俺は加菜恵さんが崩れ落ちないように支えるので精一杯だった。
直弥は項垂れた悠斗を背中に乗せて、同じように燃え盛る家を見つめている。
「結局、なんだったんだろうな…」
直弥がボソッと呟いた言葉に俺は同感した。明月がいたのは確かなのだが、直接手を加えた様子もなかったし、悠人も見つけることができた。これは明月にとっては痛手なのではないだろうか?
パチパチと一軒だけ燃え盛るさまを見上げながら、俺たちは喉に何かをつまらせたような、納得のいかないような気持ちで桜田家に帰還した。
「………何があった!」
家に着くと、一人の暗部が幹さんに耳打ちをした。そのとたん、幹さんは血相を変えて大声を上げ家の中に消えていく。
それとすれ違うようにして早菜恵さんが泣きそうな顔で俺のところに駆け寄った。
「お姉ちゃん!!」
「早菜恵……?」
加菜恵さんが喋ったことにも驚いたが、俺の腕から逃れて早菜恵さんを受け止めたことにも驚いた。
今まであんなに弱々しかったのに、そこには姉として、当主としての風格がよみがえっていた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
すがり付いて泣く妹の背中を優しく手のひらで何度も撫でる。彼女の姉は柔和な笑みを浮かべて、まるで子供をあやすように声をかけていた。
それを見て、ここはもう平気だろう、と俺は直弥が悠斗を運ぶのを手伝った。
俺の使っていた部屋に悠斗を運び、布団の上に寝かせると疲れや安堵で床に座り込んでしまった。
悠斗の脈を確認しても、規則正しく指に感じられたからほっと息をつく。
直弥は今にも泣きそうな顔で俺を見ていた。
「帰ってきたんだよな、オレたち…悠斗と一緒に」
「ああ、そうだよ」
「はああ……」
直弥は盛大なため息を吐くと、床に寝そべってすぐに寝てしまった。声をかけても起きる様子はない。
まあ、朝早くに起きたし、あまり昨夜も眠れてなかったのかもしれない。
俺は二人を置いてそっと部屋をあとにした。