桜の木の下に【完】

俺は幹さんを探して部屋を回った。

行く先々の部屋では負傷した暗部の人たちが治療を受けていた。

どうやら解毒剤が開発されていたらしく、傷の手当てだけで済んでいるようだった。

それを見て、俺の二の舞を踏んでほしくないと思っていたから安心した。

ぐるぐると回って歩くも彼の姿が見当たらない。あと探していないのは桜田の部屋ぐらいだ。

最後に居間を覗いて姉妹が寄り添っているのを確認して胸騒ぎを覚えた。

桜田たちが、いない。

やはり部屋にいるのかと思って向かうと、襖がきっちりと閉められていた。

何かあったのか、と思って静かに歩み寄ると内側から勝手に開いたから心臓がドキリとした。

見上げると幹さんが浮かない顔で俺を見下ろしていた。

「ちょっと」と手招きされて部屋に入ると、布団で眠っている桜田がいた。

また風邪がぶり返したのかと思ったけど、病人の顔には見えない。

夢を見ているのか、ときどき瞼の中の眼球が震えているのがわかる。

後ろでまたきっちりと襖が閉まる音を聞き、一呼吸おいて彼に声をかけた。


「……どうかしたんですか」

「ののが昏睡状態で目を覚まさない」

「えっ」

「どうやら…封印を解こうとしているようなんだ」


俺は驚きで目を見開き、幹さんに続いて枕元に座った。

いつの間にそんなことになっていたのだろうか。封印がどこにあるかは誰も知らなかったのに。


「封印、ですか」

「ああ。俺もそれの行方を探していたんだが…あの男が盗んで隠していたらしいな」

「あの男?」

「穂波真人だ」

「校長が?なぜ…」

「それはわからないが、疾風がその封印を持ってここに現れ、ののはそれを解こうとしたんだが……ずっと目を覚まさない」


幹さんは眉間にしわを寄せて経緯を説明してくれたが、どこか腑に落ちない。

彼は封印のことを知っているはずだ。この状態になった理由を知っていてもおかしくはない。

それが顔に出ていたのか、俺をちらっと見た彼に言われてしまった。


「実はな…俺は封印の儀に立ちあっていないんだよ。先代が勝手にやったことなんだ」

「幹さんは封印に関わっていない、ということですか?」

「そうだ。先代に提案されたとき、反対も賛成もしなかった。本人がもう少し大きくなってから決めるべきだと考えていたんだが…遠征から帰ったらののが何も覚えてなくて愕然としたよ。自分の母親さえも忘れるとは夢にも思っていなかった」


先代…佐吉さんが勝手にしたことだったとは聞いていなかったから驚きで言葉も出なかった。

幻獣使いはみな短命で、特に女性には厳しい世界だからそんな世界の人間にさせたくないと封印したのは知っている。

しかし、独断でしてもいい行為なのか?


「そんな俺の様子に先代は気まずそうな顔をしたが、謝らなかった。今更だという感じもあったし、やってしまったことはもう後戻りできなかった。それに、封印場所もずっと口を割られずにいたから完全にお手上げ状態だったんだ。まさかあの掛軸が封印場所だったとはな…」

「佐吉さんに後悔していた様子はなかったんですか?」

「あった…ような気もするが、本当のところは知るよしもない」


帰ったら大事な人を忘れた娘が出迎えてくれたときの彼の心の傷みは計り知れない。

二人で築き上げた愛情が空っぽとなり、届いていなかったのか、そんなちっぽけだったのかと悩んだかもしれない。

封印がされたときはもうすでに母親は亡くなっていたそうだ。それも、ごく最近に…

そのときの桜田は四歳だったという。

ということは、神楽と出会ってそう遠くない時期になる。一人ぼっちでいた彼女を自分と重ねたのかもしれない、と俺は思った。

母親の死を理解していたかどうかは不明だが、きっと、隣に誰もいない神楽に寂しい想いをさせたくなかったんだろう。

自分が今、寂しかったから。


「記憶を失った理由を起きたら教えてくれるとありがたいんだがな…知りたくないという気持ちもある」

「話したくなったら話してくれると思いますよ」

「まあそうだな。ところで、ここからは男の話でもしようじゃないか」

「え、」

「部下から娘の周りの動向は聞いてるからな?ん?聞けば神楽にもちょっとした思い入れがあるようだが」

「こんなときにその話をするのはどうかと……」

「ハハ、父親としては見過ごせないさ。さあ白状してもらおう」


彼女の父はそう言うと座り直して、身を引いている俺に正面を向けて腕を組んだ。

そうだった。

この人は寛大な人だけど意地っ張りで、ごり押ししてくるんだった……!
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