桜の木の下に【完】
「おかーちゃん?おかーちゃん!」
「のの……」
お母ちゃんにすがり付いて泣く私をお父ちゃんが抱き締めた。
お母ちゃんは布団の中で動かない。冷たく、固くなった赤い手のひら。
私って…お母ちゃんの最期に立ち会っていたの?
非情にも、記憶はそこで終わる。
もう少し前のはないのか?
私は片っ端から扉を開けた。
公園のブランコで押してもらってる私、一緒に台所に立つ私、真新しい障子にブスブスと穴を悪戯で開けて叱られて泣く私……
違う、もっと後なのに!
肝心なところがなかなか見つからない。
苛つきと焦りで呼吸が浅くなってきた。
どこ?どこにあるの?なんで見つからないの?
「はあ…はあ…」
意識がだんだんと遠くなっていく。
胸を掴んでなんとか呼吸を整えようとするも、上手く収まらない。
なんで、どうして………!
『早くしないとおまえの自我が失われるぜ?俺と同化しすぎても毒だってことさ。ここは俺の中でもある。おまえは俺にとっては異物だから排除されるぞ』
やめて!
ただでさえ頭がガンガンと金づちで叩かれたように痛いのに、さらに追い討ちをかけないで!
『明月がしようとしていたことはまさにこれさ。おまえを自分の中に取り込みあっという間に精神を破壊する…俺も抑えてはいるが、そろそろ限界だ。こんな中途半端に記憶をいじくり回しているときに、無理矢理おまえの精神を引っ張り出すのは危険だからやらないが…いざとなったら引っこ抜くからな』
なによ、それ…!
まだ見つけてないのに!
『言っておくが、記憶は常に流れている。さっき開けた扉からまた同じ記憶が流れて来るとは限らないぜ?俺様の大大大サービスヒントをおまえにくれてやるよ』
また同じ記憶とは限らない、か。
私は一か八か、あの扉に向かって歩き出した。
その扉の前で深呼吸をし、勢いよく開け放った。