桜の木の下に【完】
*
「おかーちゃん…寝ちゃダメだよ、まだお喋りしよ?」
「のの…ごめんなさい……」
「じゃあ、明日しよ?」
「ごめん…なさっ…!」
とうとう嗚咽に耐えられなくなった母は涙を流した。
苦しそうに眉は寄せられている。
それを見た父がクッと喉の奥を鳴らした。彼もまた泣きそうな顔をしていた。
「のの…っ!ゴホッ!ゴホッ、ゴホゴホッ!」
私の頬に震えながらも伸ばした手は力なく戻り、口許を押さえる。
母の肺はそろそろ限界なのだ。
口許から離れた手のひらには、赤い染みがたくさんついていた。吐血したんだ。
手のひらに付いた血に動じる様子もなく、その全てを包み込むように父が両手でぎゅっと握った。
まるで、自分の全ての力を注ぎ込むように。
「ごめんなさい…琴音、のの、あなた……」
「もういい!謝るな!!」
「だって……私が…先に死ぬ、なんて……」
「死なない!おまえはまだ生きるんだ!」
「ふふ、そんな…無茶よ…」
「ダメだ…死ぬんじゃない!」
「……おかーちゃん!あのね、ののね、大きくなったらおかーちゃんみたいなおかーちゃんになるの!優しくって、柔らかくって、温かいおかーちゃんになるから!いい子にしてるから!だからっ……!」
最後は悲鳴に近かった。
母はそんな私に笑いかけて呟き、力なく目を瞑った。
「ずっと、私はあなたの傍にいるからね」