桜の木の下に【完】
*
「ううっ……なんで、なんで…!」
勢いよく閉じようとする扉の風圧で、私は外に弾き飛ばされた。
地面に倒れた体勢のまま涙を流す。
なんで、傍にいるなんて言ったの!?
傍にいないじゃん!どこにもいないじゃない!
………置いていかないでよ!!!
『やっと、おまえは母親の存在を自覚した。母親のために涙を流した。見ろよ、取り戻した証を』
さっき飛ばされた扉の前には金属が一つ、転がっていた。
なんの凹凸もない、ただの金の棒。
これは、なに?
『持ってみろ。おまえがきちんとした俺のパートナーなら鍵となる』
「ならなかったら?」
『クズだと笑って、おまえの精神をぶっ壊してやるよ』
冗談に聞こえないそんな言葉が飛んできて私は怖くなった。
例えで言ったつもりなのに、その返答はあまりにも生々しい。
私は鍵に手を伸ばしてみるも、なかなか掴めずにいた。
『ほら、早くしろよ。自然消滅したいのか?』
確かに、意識が朦朧としてきた……鍵に焦点がなかなか合わない。
あと少しだと思う反面、まだまだ手の届く範囲に身体が近づいていないのではないかとも思ってしまう。
届け。あの鍵の掛かった部屋を開けるんだ。
でも、届いてほしくない。鍵にならなかったときの私の想いの丈へのショックは大きすぎる。
そんな気持ちの間で揺れ動いているとき、鍵が誰かによって拾われてしまった。
見上げると、ぼんやりと光っているお母ちゃんがにこりと笑り、それを私の手のひらに渡し握らせた。
鍵の形が変わっていくのが感触でわかった。
「お母、ちゃん……」
『…………』
お母ちゃんは無言のまま口だけ動かした後クスリと笑い、フッと光の粒子になって消えてしまった。
サラサラと綺麗な粒が宙に消えていく。
そんなお母ちゃんの手は温かくて柔らかかった。
″負けるな!″
そんな伝言を胸に私はよろよろと歩いて、その鍵を例の扉の鍵穴に思いっきり突き刺した。