桜の木の下に【完】
「もしかしてその人、幻獣使いの第一人者なんじゃ…」
「さあな。そこら辺は知らね。で、後々出会うことになるのが明月だ」
「え?」
「あんなやつが人間に従うなんて思ってなかったんだがな……アイツは俺が最初に叩き潰したやつなんだ。時代を経て姿は変化しているが、当初はちっぽけな一本松だった。自分だけ大きくさせるために周りの養分を吸い付くし、森は枯れ、人間の生活を脅かした。獣はいなくなり、川も干上がっちまった」
そんな明月を退治し、抵抗する力を失わせた。彼の主の説得に一度は拒否したものの、その後再開したときは幻獣使いに従っていた。
てっきり、消滅したかと思っていたのに。
「今までの行いを改めた、と言っていたが、やつは機会を窺っていたのかもしれない。復讐する機会をな…」
人々が自分たちの生活を優先するようになり、山の手入れが滞ってしまい、森の自然の波長が乱れた。
その乱れによって、明月は怒りっぽくなり暴走した。ちょっとした変化に対応するには少し長く生きすぎたのだろう。
そう考えると、明月も被害者なのかもしれない。
「おまえを手に入れれば、直接人間を殺せるしな。アイツが欲しがっているのは物理的なもので、手っ取り早かったのがちょうどおまえだったってわけだ」
「他の人じゃダメなの?」
「まあな。要は椅子取りゲームだ。椅子は二つあり、そのどちらにも座っている人がいる。そこから無理矢理席を奪うのは至難の技だが、もともと椅子が一つ空いていれば容易い。俺たちと縁を切ったやつも狙い目かもしれないが、居心地の悪い椅子になるだろう」
「よくそんなゲーム知ってるね…」
「誰にやらされたと思ってるんだ」
ジト目で見られて「あはは」とそっぽを向きながら笑った。
はい、その節は覚えてないけどお世話をおかけしました……
「とにかく、これから明月の野郎をぶっ潰しに行くぞ」
「でも、居場所が……」
「気にするな。上手くいく」
そう言うと里桜は立ち上がり腕を伸ばしてのびをした。
すると、急に彼の全身が鱗に覆われ大きく長くなり、まったく別の姿になってしまった。
干支で言うところの、辰のような。
私は驚いて立ち上がり走って距離を取った。
『これが本来の俺の姿だ。こうなると直に離せなくなるのが難点だが、俺たちだけで会話をするには便利だ』
「へ、へえ…」とちょっと腰が引けたような感じで見上げていると、彼がニヤリと笑たような気がした。
いや、見間違いじゃない!
赤い目を細めて彼はほくそ笑み、銀色に輝く鱗をキラキラと星を反射させながらずいっと顔を近づけて迫ってきた。
『そろそろお目覚めだぜ、お嬢ちゃん』
里桜はそのまま、息をフッと吹き掛けてきた。その威力はフッ、どころではなく電車がホームを駆け抜けたような突風で思わず目を閉じた。
ぎゅっと瞑って我慢した後、恐る恐る目を開けるとそこはもう夢の中ではなかった。