桜の木の下に【完】

目を開けると天井が見えて話し声が聞こえた。


「………が、好きです」


ええ!と思って勢いよく布団を押してガバッと起きると健冶さんが固まって私を見ていた。

お父ちゃんも少しだけフリーズした後にやっと口を開いた。


「封印は?」

「と、解けたよ……ちゃんとそこに千里が見える」


千里、と口にすると大きなオオカミが尻尾を振ってすり寄ってきた。手を伸ばして撫でてみると、もふもふの毛が手のひらいっぱいに広がった。

無性に懐かしくなってわしゃわしゃと撫で回す。

千里は嬉しそうに目を細めて私を見つめた。


「なんか、話の途中だったの?起きたばっかりで聞こえなかったんだけど」

「ちょっと、な。もう終わったから気を使わなくていい…ところで、ののの幻獣はどうした?」

「里桜だよ、名前」

「そういうことだ、幹」

「………」


お父ちゃんの肩に肘を乗せて偉そうにしてみせる里桜。

そんな里桜にお父ちゃんは困ったように笑った。


「相変わらずだな」

「おまえはそんなおじさんだったっけか?老けたなー」

「年月なんておまえたちには関係ないだろ?」

「そーかもな」


からかうようにお父ちゃんの顔を覗きこむ里桜に私も苦笑した。

確かにあの頃よりは老けたかも。

そんな二人のやり取りを健冶さんは驚いたように眺め、ぽつりと呟いた。


「人型……」

「好きであの姿をしてるって言ってました」


そう助言すると、彼は私を見て何かに気づいたのかハッとさせて俯いた。

正座をしているももに肘を乗せて、手のひらで顔を覆っている。

不思議に思って手を伸ばすと、服に触れる寸前で「ああー!!」と大きな声が響いてピクリと止めた。

見上げると、部屋の入り口で直弥さんが仁王立ちをして立ち尽くしていた。


「なんだ?」


里桜がうるさかったのか不機嫌そうにそう言うと、直弥さんは眉間にしわを寄せて私を見ている。


「いきなり掛け軸からなんか飛び出したから追いかけてみれば…なにこれ!?」

「え?」


私も訳がわからず声を上げると、彼はとんでもない解釈をしていた。


「女の子の部屋にこんなに男がいたらおかしーだろ!」


ドーン、という効果音が彼の頭上に見えた気がした。

私たちはぽかんと呆気に取られた。

すると、今まで項垂れていた健冶さんがすっくと立ち上がると、有無を言わさず直弥さんの腕を掴んで退場させようとした。

そんな彼の表情は私からは見えない。


「おい、なんで引っ張んだよ!」

「……」

「つか、なんでそんな顔真っ赤?」

「…誰のせいだと思ってるんだおまえは!」

「なんで怒ってんの?俺のせいなの?」

「自分の頭で考えろ!!」


納得のいかない直弥さんの顔を最後に、ピシャンと襖が閉められた。

あんなに焦った健冶さんは初めて見たな……

と、私が閉められた襖を見ていると里桜がやれやれといった感じでため息を吐いた。


「どの時代の男もたいへんだな」

「たいへん、って?」


里桜を振り向くとまたため息を吐いていた。


「女が絡むと調子が狂うってことだ。そんな顔してんじゃあ、まだおまえにはわかんねーよな」


うん、わからない。

と、頷いたら同情するような目をされただけだった。


*outside*


「ちょ、なんだよ健冶!離せよ!」

「待て!止まるなっ……!」

「………何やってんの?急にしゃがんで」

「足が……」

「足が?」

「足が痺れてるんだ……」

「……置いてくぞー」

「待ってくれ、マジでヤバいんだ足が……おい、置いてくなってだから立てないんだ!仕方ないだろ正座してたんだから!!」


それに…会話を聞かれていたかもしれないと思うと……


「もう立ち直れない気がする……」


*end*
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