金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
金曜日のあの人
ポニーテールをなびかせて、りっちゃんが振り返った。
「じゃあ、また後で琴子!」
「うん、いつもの所で待ってるね。りっちゃん部活頑張って。」
私は、袴姿で剣道部へ向かうりっちゃんに手を振った。
中学校生活も2年と1ヶ月を迎えた5月。
暖かい風は全盛期を過ぎた桜の木を揺らす。
廊下の向こうに消えてくりっちゃんを確かめてから、自然と顔が緩んだ。
今日は金曜日。
そう思うと、緊張とそれより少し大きめな楽しみで、思わずにやけてきてしまう。
私は慌てて内頬を噛んだ。
金曜日は、授業が終わった4時からりっちゃんの部活が終わる6時まで約2時間、図書室の第2学習室で自習をして待つのが私の日課だ。
私の通うこの中学校は、特段名門でも進学校でもないけれど、一応高校がくっついた中高一貫校だったりする。
だから、世の中学3年生とは違い高校受験が無く、むしろ周りは中だるみ絶頂期で、図書室でわざわざ勉強してるなんて信じられないって人がほとんどだろう。
けれど、そこには2つの楽しみがある。
私は鞄を掴んでそそくさと教室を抜け出した。
だんだん、だんだん早足になるのにふと気付いて抑えて、でもまただんだん早足になって。
何度か繰り返す内に目的地に着く。
あまり人気のない、放課後の図書室。
金曜日は部活のほとんどが活動日だし、テスト前でもない限り帰宅部の人もわざわざ寄ることが無いから。
私はドアの前でちょっとだけ立ち止まってから、ゆっくりと扉を押した。
あまり出番が無いのであろうことを伺わせる高い音が鳴る。
入ってすぐ左側のカウンターから声がかかった。
「あ、琴子ちゃんいらっしゃい~」
声の主は、図書室の司書の里見先生だ。
栗色のふわっとした髪をシュシュでまとめて、上品さと大人っぽさが良く出た細フレームの楕円メガネをしている。
真っ黒の地毛を胸まで流して、前髪は目にギリギリ被ったところで揃えて、ピンクの子供っぽいフレームのメガネをした私とは正反対だ。
「こんにちは。」
里見先生の優しい笑顔につられて、人と話すのが得意じゃない私も自然と笑顔になる。
金曜日の楽しみの1つ目は、里見先生と会って2人で本の話をすることなんだ。
里見先生は大学2年生で、この中学校の卒業生でもあって、甥も姪もこの中学校に通っていて、現在も割と近所に住んでるからか、この学校に対する親近感が強いらしい。
だから、後輩達に読書の楽しさ伝えるお手伝いを少しでもしたいって大学の講習の合間を縫って、金曜日だけ非常勤の司書さんとして学校に来ている、って言ってた。
ところが私はといえば、そんな偉い里見先生とは真逆で、昔から人前に立つと緊張してしまい思ってることが上手く言えなくなる。
皆と仲良くなりたいのは山々なんだけど、上手く喋れなければ皆興味を失ってどこかに行っちゃうから、あんまり友達が出来なかった。
今も友達と呼べるのは、小学校から一緒のりっちゃんだけかもしれない。
それで1人の時間が多くなって、必然的に空いてる時間は本を読むことが多くなった。
本の世界は私を拒むこともないし、自分で実際に体験してないこととかも味わえるし、世界のたくさんの色を教えてくれる。
だから私は読書が大好きなんだけど…生憎私の周りにはそれを共感してくれる人がいなかった。
そんなある日、本を借りに来た私がここで出会ったのが里見先生だった。
その日私が借りた大好きな作者の本を見て、同じくその作者の大ファンだった里見先生が声をかけてくれたんだ。
それがきっかけで、私達はお互いにそれぞれ一週間の間で読んだ本について、ここがこうだからオススメだとか、あの本のラストはこうだから良かったとか、2人で語り合うようになった。
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