金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
しゃがんで、カウンターに顔を埋める私に、里見先生は言った。
「…いいんじゃない?」
あっさりと。軽く。なんてことないように。
『目玉焼きにはソース派です』って言った時の返しみたいに。
「…え?」
私は結構それなりに考えて言ったつもりだったので、正直拍子抜けした。
「いいと思うわ、分からなくても。
好きでも、好きとかじゃなくても、その子に琴子ちゃんの心が揺さぶられたことは確かなんだから。無理に分かろうとしなくていいと思う。」
それに、と里見先生は私と目を合わせる。
「このまま行けば琴子ちゃんの中で結論は出そうだしね。」
ウフッと笑う里見先生には、何かがお見通しみたい…。
でも、「分からなくてもいい」って言葉で、大分心が軽くなった。
私は、カウンターに手をついて立ち上がった。
「ありがとうございます…話してみて、良かったです。」
里見先生は、あのいつもの笑顔を私に向けた。
それから、グッと背伸びをして言う。
「あーあ。青春っていいわね!
なんだか瑞々しくて初々しくて可愛らしくて、こっちがこっぱ恥ずかしくなっちゃうわ。」
里見先生の言葉に、何故だか妙に照れくさくなる。
でも、そういえば…。
「…なんでそんなに熱心に聞いてくださったんですか?」
だって、言ってしまえば、私なんて親しくさせてもらってるとはいえ一介の生徒に過ぎないのであって。
学校の司書さんがイチ生徒の色恋沙汰(厳密にはまだ未確定だけど)にここまで入ってくることもあまりないと思うの…。
私ちょっと卑屈かな。
私が話したから聞いてくれたっていう、純粋な優しさかな。
里見先生は、目をパチクリさせてから、フッと笑った。
「そんなに大した理由じゃないのだけど。」
伸びの手を緩めて、先程まで読んでいたであろう本に栞を挟む。
「一言で言ってしまえば、ただ単に私のミーハー心よ。
知ってたかしら?
私の頃はこの学校まだ女子校で、恋愛とかそういうことに全く関わりが無かったの。
だから、琴子ちゃんには、私の味わえなかった学生時代の青春を存分に謳歌して欲しいなってね。
押し付けがましかったらごめんね。」
「いえ、そんなことないです!いつも、里見先生の言葉に支えてもらってます…。」
私は反射的に答えた。
里見先生は、またウフッと笑った。
「先週も今週も、なんだか長話してしまうわね 。」
そう言いながら、栞を挟んだその本と、さっき私がしゃがんでいた時にカウンターに置いた私が今日返した本とを手にとって席を立つ。
「今日もやっていくでしょ?」
「…はい。」
里見先生は「グッドラック!」と親指を立てて、奥の部屋に入っていった。