金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
伯母が金曜日だけ図書室の司書をやることになったと聞いて、母に言われたのもあって会いに行ってみることにした。
母と伯母は仲が良くて、俺も子供の頃から可愛がってもらっていたから、歳が離れたもう1人の姉ちゃんくらいの感覚だった。
久しぶりだね頑張ってとかなんとか少し話して、帰るつもりだった。
帰りがけにこれおすすめだから読んでみて、と一冊本を渡された。
俺は本を熱心に読む方では無かったから、あまり気乗りせずに、けれど一応受け取った。
図書室は、全くと言っていいほど人気がなかった。
俺はそれまで図書室に来たことが無く、自習室があるというので見てみることにした。
何の気なしに、歩いていた。
不思議な空間だと思った。
色んな音が色んなところから聞こえてきて、それだけこの空間は静けさが増して、なんだか特別なーーーーー。
ドンッ
ぶつかったのは、そんな気持ちに浸っていて周りが見えていなかったからだ。
手から、さっき伯母に借りた本が飛んでいった。
『……あぁっ、ごめんなさっ…!』
小さく焦った声が聞こえた。
俺は、振り向いた。
長いサラサラの黒髪に、ピンクのフレームの眼鏡が似合う、頬まで赤い女の子だった。
俺を見て、おどおどと気にしているようだった。
大人しそうな、引っ込み思案なタイプの子に見えた。
『…あ、こっちこそ、』
周り見てなかったんで。
そう言って、屈んで本を拾おうとした。
『あっ!』
大きな声に、びっくりしてその子を見た。
『これ、面白いですよね!』
さっきまでとは打って変わって、図書室には相応しくないほどのよく通る声。
目がキラキラと輝いている。
彼女が見ている先を見ると、どうやらこの本のことのようだ。
…この本、読んだことあるのかな?
彼女はもしかして、と首をかしげた。
『…あ、もう読みましたか?』
『…え、いや、まだ。』
押されたまま首を横に振ると、『そっか。』と彼女は言った。
『おすすめですよ。』
…そう言って、彼女は、特大の笑顔を、俺に向けたんだ。
あもういかなきゃすみませんでした、と小さい声で言ってペコペコ頭を下げると、彼女は走って去っていった。
まるで別人みたいに、本が大好きなんだと初対面でも十分に分かるくらい、彼女は輝いていた。
きっかけはそんな、些細なことだった。
でも俺は帰って、なんだかその本を読みたくてたまらない衝動に駆られて、何度も何度も確かめるように読んで。
…そうか、あの子はこういうのが好きなんだ。
それが秀逸な作品であるほどに、その面白みを分かって楽しんでいるあの子が、気になって。
しばらくはそうやってあの子が好きだという作家の本を読んでいるだけで、でも気が付いたら、伯母に話を聞いて、毎週金曜日に来てるんだと知って、自習室に行くようになっていた。
"長谷川琴子"
小さく控えめなあの子自身を表したような筆跡が、毎週俺にとっては特別で、今週も何かを期待しながらその下に名前を連ねる。
図書室で初めて話した日、俺は初めて出会ったあの日と同じことを、今度は俺が長谷川さんに言ってみた。
『これ、面白いよね。』『もう読んだ?』『そっか。』
長谷川さんは、覚えてないみたいだった。
無理もない。
それなら、イチから振り向かせるだけだ。
長谷川さんは、あまり人に慣れていないんだろう。
ちょっと喋ってすぐ赤くなって焦っている。
多分、色々考えている。
そんな様子が、可愛くてしょうがなかった。
想いは、強くなるばかりだ。