金曜日の恋奏曲(ラプソディ)



そんな申し訳ない気持ちとは裏腹に、図書室へ向かう私の心は弾む。



走り出したい衝動と、ブレーキをかける私の理性。



私は、先週のことを思い出して一つの事に気付いていた。



須藤くんが初めて、凄く嬉しそうに笑ってくれた時は、私が初めて、自分から話しかけた時だったんだ…て。




…須藤くんも、私と話したいと思ってくれてる?



だとしたら…そうなんだとしたら。




緊張で小さく震える手を、もう一つの手で包んだ。



今日は、私から話しかけよう…って。



よく考えると、私はまだ須藤くんことを、顔と名前と…後は多分同い年だと言うことしか知らない。



その程よい距離感を壊したくないって気持ちもあったけど、やっぱり…好きな人のことは一つでも多く知りたいから。



臆病な気持ちを、勇気に変えて。



ゆっくりと歩いて、しばらくしたら図書室が見えてきた。



その図書室のガラスの扉越しに、こちらに手を振る里見先生がいる。



思わず急ぎ足で、一直線の廊下を進んだ。



図書室の前までくると、里見先生がドアを開けてくれた。



「あ、ありがとうございます。」



とお辞儀をした私に、里見先生は気にしないでという風に手を振って、カウンターの上に置かれていた本を数冊手に取った。



「これ今週の分ね。」



「わぁ…こんなに探しといて下さったんですね...!」



声が一気に弾む私に、里見先生はフフッと笑った。



「琴子ちゃんがそうやって毎回喜んでくれるから、私も見つけといてあげようって思うの。」



…里見先生は本当に美人で優しくていい人で、でもそれを鼻にかけていないところが素敵なんだ。



私は腕に抱えた本をぎゅっと抱きしめて、里見先生に言った。



「…私、須藤くんのこと好きです。」



小さいけど、でもちゃんと伝わるくらいの大きさで、言った。



里見先生に励ましてもらったのはつい先週のこと。



これは、私なりのけじめのつもりだった。



りっちゃんには言わないで里見先生には言うの、とも思ったけど、でもやっぱり里見先生にはお世話になったんだからって、今日言おうって決めてた。



「あ…須藤くんって、あの、例の自習室の人です!」



何のことか分からなかったかもしれない、と急いで付け加えて顔を上げると、優しく私を見つめる里見先生がいた。







あ…………。







緩んで解けていく心に、私、ガチガチだったんだなって気付かされた。



一人で焦って、一人で話を進めて、今もきっと里見先生からすれば唐突過ぎて訳が分からなかっただろう、とか。



今になって気づく。



里見先生の優しい眼差しは、私を安心させてくれるから。



里見先生は「良かったね」とか「頑張れ」とか、何も言わなかった。



ただ、その眼差しに、全てが込められているようだった。



なんて素敵な人だろう…って思った。



里見先生は、パンッと手を鳴らして



「じゃあ、最近長く話しすぎちゃったし、今日は私もう奥の部屋で仕事してくるわ。
いつも通り、名前書いておいてね。」



って言い残して、あっという間に入っていってしまった。



私は、抱えた本を、もう一度強く抱きしめた。


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