金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
私はふと、また勉強に戻った須藤くんを見つめた。
...そういえば、須藤くんの言いたかったことってなんだろう。
でも須藤くんは下を向いて一生懸命書いていて、話し出す素振りは微塵もない。
...そんなに大したことじゃ、無かったのかな。
そう思って、改めてまじまじと須藤くんを見ると。
...須藤くんて、ちゃんと隣に立ったことないからハッキリとは分からないけど、多分それなりに背高いよね...。
1度見始めると、伏し目のまつ毛の密度の濃さとか、目尻の延長線上にあるチャームポイントの涙ボクロとか、やけに透明感のある肌とか、くせがついた外ハネの襟足とか、私の目線を捕まえて離さなくなる。
そうしたら、須藤くんがそんな私の目線に気付いたようで、再び顔を上げて、不思議そうに問いてきた。
「.......俺?なんかした?」
須藤くんの質問にギクリとしたのと、もう一つ。
...今『俺』って言った...
...今『俺』って言った...
...今『俺』って言った...!!!
心の中の私が興奮気味に叫んだ。
...須藤くん、自分のこと『俺』って言うんだ...!!
須藤くんは、なんとなく『僕』っていうイメージがあっただけに、不意打ちの『俺』は破壊力が強過ぎた。
そして質問に返事をしなくては、と顔を上げて、また、ドキン、として。
固まりそうになった思考をなんとか動かして、言葉にした。
「...あ、えっと...し、身長何センチ、なの...?」
須藤くんは1度目をぱちくり、としてから、恥ずかしそうに笑って体の力を抜いた。
「…俺そんな高くないんだよね…今、174、5くらいかな...。」
「...えっ十分高いよっ...!私、150cm前半、とかだし...。」
私が言うと、須藤くんはクスッと笑った。
「...そりゃ、女子と男子じゃ違うよ。やっぱ、180とかいきたいからさ。」
「...そ、そういうものなんだ...?」
私がおずおずと口に出すと、須藤くんは思いもよらないことを言った。
「...長谷川さんだって、男は背が高い方がかっこいいと思わない?」
ーー私を見つめる瞳は、真っ直ぐで、とても真剣で。
ち、違う...違うよ、須藤くんの台詞に深い意味なんてない。
純粋に、私を女の子代表として聞いてるだけだ。
勘違いするな、自分...。
「私は...」
私は、須藤くんが好き。
背が高くても低くても、須藤くんなら好き。
...でも、そんなこと、言えない。
ここで、低くてもいいって言ったら、高くなりたいって思ってる須藤くんを否定することになっちゃうかもしれない...。
でも、高い方がいいって言ったら、やっぱりそうかって、今の須藤くんを否定することになっちゃう...。
だからといって、どっちでもいいって言うのは、逃げてるようでずるい気もするし、高くなりたい須藤くんも今の低い須藤くんも、どちらも否定することになる...。
私は、しばらく言葉を探してから、慎重に選び始めた。
「...私は、背が高いとか低いとかよりも...今の自分から、少しでも上に、とか...あ、身長的な意味だけじゃなくてっ...少しでもより良くなろう、と、頑張る人がカッコイイと思う...な。」
...よく分からない事になってしまった私のセリフでも、須藤くんは、真剣に耳を傾けていてくれたみたいだった。
なんだか、須藤くんを見れない気持ちだった。
それは、なんとなく、ただなんとなく...。
須藤くんも、こっちは見ていなかった。
こちらは見ないで、ぽつりと
「...そっか。」
とだけ言った。
心の奥が、小さく震えた気がした。
また、静寂が部屋を包み始めて、私は今度こそ勉強を開始する。
窓の外の樹の葉が、風に揺られて、まとっていた水滴を払い落とした。