金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
しばらく経って、私はふと時計を見た。
ガタン
とおもむろに音を立てて椅子を引いたのは私.....ではなく須藤くんだった。
須藤くんが、帰る準備を始める。
須藤くんが私より早く帰ろうとしているのは、初めてだった。
「...よ、用事があるの?」
咄嗟にそう聞くと、須藤くんは軽く左右に首を降って窓の外を指さした。
「...いや、もう雨降ってきそうだから。今日、傘忘れちゃって。」
...何か言おうとして、でも躊躇った挙句口を閉じたのは、何も、引き止める術を持っていなかったから。
残念.....。
と、何の気なしに窓の外を見ると、1滴、ぽつりと空からの雫が葉の上に落ちた所だった。
続いて、2滴、3滴。
見る間に数は増え、音の密度も増え、あっという間にザーザー降りになる。
私達は、ただ黙って窓の外を見つめていた。
何を言うわけでもなく、見つめていた。
こんなタイミングで降り出すことが、驚くべき偶然のようにも、これ以上ない必然のようにも思えた。
須藤くんが、ゆっくりと振り向いた。
「...傘、2つとか...持ってない、よね...。」
......あるっ!
喉元まで出かけた言葉を、なんとか飲み込んだ。
だって、それはりっちゃんの分だ。
でも、あるいは、ここで1本を須藤くんに貸して、私はりっちゃんと2人でひとつの傘をさして帰るということも出来る。
...それか。
...それか、2人でひとつの傘をさすのなら...。
ハッとした。
そんなのダメだ、と心の中でぶんぶんと首を振った。
そんなのって、最悪だ。我が儘だ。自分のことしか考えてない行動だ。
また、いつものように私が返事をするまでの長い間を、ただじっと待ってくれている須藤くんを見た。
声が震えないように気をつけながら、小さな声で私は言う。
「...傘、二つ持ってるの。」
須藤くんの片眉がピクッ少し動いた。
「...で、でも、ひとつは部活が終わったら友達に貸す約束してて...。」
なんだ、断りの返事か、と須藤くんが息を吐くのを、遮るように私は続けた。
「...だ、だからねっ...」
だめ。
何を言おうとしてるの私。
心の中の私が焦って警報を鳴らしても、私の口が止まることは無い。
「...だから、か、考えたんだけど」
絶対だめだよ。
そんなの最悪。
我が儘に決まってる。
ブレーキを限界まで踏みこむ心の私と、まるで別物のように分離してアクセルを全開にする私の口。
「...1本はその子の靴箱に入れておくから」
...ああもうっ。
「.....一緒に帰る?」
...私って最低だ。