金曜日の恋奏曲(ラプソディ)



雨音が私達を包む。



雨の匂いがする。



湿度の高い空気が押し寄せる。



少し動くだけでも肩が触れる距離に...あなたがいる。





息が、上手くできない。





雨が降ってきて撤収したのだろう、サッカー部が校庭脇にある体育館への渡り廊下の屋根の下に集まって、何やら話し合っているようだった。




その横に、これまた雨の被害を受けたと思われるテニス部が、皆で筋トレをしている。




その横を足早に通り過ぎた。




私達は、お互いに一言も発していなかった。




何を言えばいいのか分からなくて。




だから、通り過ぎる時にこっちに集まる目線が余計に気になって、私は須藤くんの横顔をチラッと見て、すぐに目を逸らす。




...周りからは、付き合ってるように見られてるのかな、とか。



...こんなにスタスタ歩いているのは、須藤くんもそれを気にしてるからかな、とか。



...嫌だと思ってないかな、とか...。




雨に侵食されていくローファーを見つめる。




校庭の右側をぐるっと回る形で、私達は校門へ向かった。



こんな時間に帰る人もなかなかいないし、雨も手助けして、校庭には全くと言っていいほど人気がない。



りっちゃんが剣道場からちょっとでも校庭を覗けば、一瞬で、私が正体不明の男の子と帰っているのが見えるだろう。



だとすれば、その時はまだ私のメモも見てないから、心底驚くだろう。




また、胸が鈍く痛む。




私の足が急ぐのには、そんな理由も隠れていた。




と、校門付近にいた二人組の女の子達が、こちらを見て、驚いたように顔を見合わせた。




須藤くんが、しまった、という風に、バッとこっちへ体を向ける。




その子達から、隠れるように。





ーードキッとした。





調度、須藤くんが私に覆いかぶさるような格好になった。




須藤くんは私側の下の方を見ていて、私と目線こそ合っていない。



でも、一つの傘内でこちらを振り返ったのだから、かなり近い位置に顔が来ることになる。



ほんの数10センチの距離に、私の目の前に...。



少し前なら、本当に有り得なかった状況に、心臓が飛び出しそうになった。




雨の匂いを押し分けて、ふわっと須藤くんの香りがした。




洗剤と、それからあの美容院でたまにかぐような...ワックスみたいな。



そして、髪のくせっ毛を気にしていた須藤くんだからそういうのつけているのかもなって思って、余計にドキドキする。



須藤くんが目を伏せたまま、私に囁く。






「…あれ、うちのクラスの女子達...。」





...ハスキーボイスが、潜もらせることで余計に掠れている。



それが、私の耳に直に届く。



須藤くんの吐息が、耳元に残る。



私の鼓動が、早まらない訳がなかった。





私はなんと言うべきか分からなくて、というか喋れるような状態でもなくて、ただ目を見開いて黙って首を縦に振った。




顔が、熱い。




私はただ息を殺して待った。



その時間は、多分そんなに大したことのない秒数だったのに、一瞬のようにも、永遠のようにも感じられた。



そして、女の子達が行ったのを確認して、須藤くんはやっと正面に向き直った。



私は緊迫感から開放されて、思い出したように、吸っていた息を吐く。



須藤くんが、前を向いたままでポツリと言った。




「...月曜日、噂になってたりしたらごめん。」




ちょっと、ドキッとした。




どこか照れ隠しにも聞こえる言い方だった。




私は慌てて、首を横にふるふると振る。




でも私は、須藤くんに謝られることなんて無いし、嫌だとも思ってない。



もし噂になったとしたら、謝るべきはむしろ私の方なんだから...。




胸はまだ、ドキドキと高なっている。




また、私達の沈黙が始まった。




でも、さっきまでのそれとは違う。




多分、多分須藤くんもそう思ってる。



少しでも触れると崩れてしまいそうなこの空気が、全然嫌じゃなくて。



ずっとこのままでいたい、この空気を壊したくない、みたいなあの気持ち。



それを、言わなくても、お互いがお互いにそう感じているのを分かっていて、だから喋らない、沈黙。




それは、とても幸せな沈黙。




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