金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
「...須藤くんは、どこか部活に入っているの?」
雨っていうのは、学習室で喋るのとは違い、背景を埋めてくれるからとても喋りやすい。
自分の声が、所々かき消されて。
「...あ、俺は」
...でも、須藤くんの声は、むしろ学習室で話すよりもっとはっきりと聞こえるんだな...。
「...部活には入ってないかな。でも」
ピチャン、と傘の骨の一つから、雫が一滴落ちた。
「...習い事?って言うのかな?小学校の時から空手やってる」
空手...。
なんだか妙に納得して、私は思わず笑ってしまった。
「...そうなんだ。」
「...え、なんで笑ったの。」
そういう須藤くんも、ちよっと笑ってる。
「...なんか、ぽいなぁって思ってしまいまして。」
そう言ったら
「...それはなんというか...ありがとうございます。」
って須藤くんがかしこまった口調で返すもんだから、私はまた笑ってしまう。
ピチャン、ともう一滴雫が落ちた。
「...長谷川さんは?」
須藤くんが、私を横目で見る。
心臓が跳ねた。
...まだ、全然、慣れない。
「...な、何が?」
少し焦って聞くと
「部活。どこか入ってる?」
「...あ、私は入ってないよ。」
「...そっか。」
「…うん。」
歩く度に、雨を吸い込んで飽和状態のローファーから、もうこれ以上は無理だよう、と水が染み出てくる。
「...でも、友達は剣道部だよ。」
...って意味分かんないよ、と心の中で突っ込んだけど、須藤くんは優しく拾ってくれる。
「あ、俺も。剣道部の友達いる。」
「...そっか。」
「…うん。」
こんな何気ないやり取りなのに。
なんにも言わないけれどでも全部分かっているようなこの距離感が、
どうしようもなく愛おしいの。
須藤くんは、もしかして、と前置きして言った。
「...金曜日って、剣道部部活日だからその友達を待ってるとか?」
「...あ、うん。」
私が頷くと、須藤くんも、なるほど、と合点がいったように頷いた。
やっぱり須藤くんはよく気が付く人だなって思った。
私がその人に傘を貸そうとしてたって所まで、繋がっちゃってたりして...。
湧き上がってきた複雑な感情をかき消すように、私も気になっていたことを聞く。
「...須藤くんは、学習室、何曜日に来てるの?」
「...金曜日だけだよ。」
「...もしかして、須藤くんも剣道部の友達待ってる?」
「...いや、1人で帰る。」
...じゃあなんで金曜日なの?
私は聞かなかった。
聞けなかった。
心臓が、バクバクと音を立て始めていた。
そんなことは無い、と否定しつつも、どこかで期待している自分。
都合がいいようた考えてるだけだって分かってる。
...でも、期待しちゃうよ。
...須藤くんも私と会うのを楽しみにして、金曜日来てくれてるのかな、って...。
もう水たまりに突っ込んだかと思うほどローファーの中はずぶ濡れで、でも冷えた足先とは裏腹に、胸の奥が熱い。
...あぁ、もうすぐ駅についてしまう。