金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
駅の改札前は、雨宿りをしている人でごった返していた。
私達はなんとか人並みを縫って屋根の下に入る。
須藤くんが水気をはらって傘をたたんだ。
「...ありがとう。凄い助かった。」
「...ううん、私こそ傘さしてもらってありがとう。」
私は、丁寧に留められた傘を受け取った。
いつの間にか学校を出た時よりも雨足は強まっていて、改札前のロータリーも霧靄がかかったように白く霞んでいた。
すぐ先の距離でさえ視界が怪しいくらいだ。
私は定期を出そうとスクールバックを漁った。
「...須藤くんはここから何線?」
私の台詞に気付かなかったのか、はたまたわざとなのか。
須藤くんはそれに覆いかぶせる様に言った。
「...気をつけてね。」
.....え?
私は、はた、と手を止めた。
でも、須藤くんはただ一言こう言ったんだ。
「...じゃっ!」
.......jya?
それが別れの挨拶を意味する言葉だと分かるよりも早く、須藤くんは豪雨の中に飛び出した。
.......ええっ!
「ま、待って!」
思わず反射で伸ばした手も、須藤くんの服を軽く掠めただけ。
私はびっくりして手を引っ込めた。
須藤くんの後ろ姿は白い靄に飲み込まれて、あっという間に見えなくなる。
私はいきなりの出来事に呆然と立ち尽くした。
ーーー無性に、泣きたくなった。
須藤くんの優しさに、今更ながら気が付いた。
須藤くん、バスだったんだ。
確かに、駅に向かうってなった時も、自分も駅だとは言ってなかった。
ロータリーの端の方には何個かのバス停があって、駅前とは言えここからは近いとは言えない。
だから、今頃はきっともう全身濡れてしまっているだろう。
そうなることは、最初から分かってたはずなのに。
それでも、私を駅まで送ってくれたんだ。
私はさっき伸ばして、でも驚いて引っ込めてしまった手を、もう片方の手でそっと包んだ。
それは、送ってくれたのとは別にもう一つ、気付いてしまったこと。
...さっき掠めた須藤くんの袖は、まだ豪雨に打たれる前だったのに、もうびしょ濡れだった...。
それは、傘に入った時に私とは反対側だった方の、左袖で。
つまり、須藤くんは、ずっと自分の肩を濡らしながら傘を私側に傾けてくれていたってこと。
ただ、心の奥底から、混じりけのない純粋な想いが、巡って、溢れてくるようで。
清い気持ちは、私を余計に惨めにさせる。
それに比べて私はなんて酷い奴なんだろう、って。
もう少ししたら、りっちゃんは部活が終わって靴箱のメモに気付く事だろう。
...一緒に帰ろうって私から言い出しといて私は先に帰ってるなんて、何て思うかな。
すん、と鼻で息を吸った。
...須藤くんがもしこっちを振り返っていても、私のこの涙は、雨に紛れてきっと見えない。
一体なんの感情から来ているのか、私にも分からないこの涙を。
今は、ただそれだけが心が落ち着かせた。