金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
そう、私が探したのは…2ヶ月前くらいから来るようになった、名前と顔しか分からない男の子の名前。
実は…この男の子と会うのが金曜日の2つ目の楽しみなんだ。
私は利用表を見た。
すごい綺麗とは言えないけど、でも丁寧に書かれた、右肩上がり気味の文字。
"須藤悠太"
その文字だけで、お腹の奥の方がぎゅって握り締められたみたいになって、一瞬息が詰まる。
耳の先まですごく熱くなってくる。
手汗をスカートで軽く拭ってから、震えないように気をつけながら"長谷川琴子"と名前を書いた。
字があまり綺麗じゃないのがバレないように、ちっちゃめに。
…この琴子っていう名前も、本当はあんまり好きじゃない。
上から読んでも下から読んでもコトコだって、小さい頃はよくからかわれた。
今はもう中学3年生になって、さすがにからかわれることは無いけど、なんとなく恥ずかしくなって嫌になってしまった。
だから、本当は、あの人がこれを見てるんだって思っただけで恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。
笑われてたらどうしよう、とか考え出したらきりがなくて。
私はぎゅっと口を結ぶと、ペンをそっと置いて第2学習室に向かった。
ドアは木製で、中を覗くことは出来ない。
でも、利用表に名前あったし、来てるはず…。
そっと、音を最小限にしかたてないようにそっと、ドアを開けた。
もしここで転んだりしたら、恥ずかしくて本当に死んじゃいそうな気がするから、足元には気をつけながら。
それから、ゆっくり顔を上げて…
ーーーーあの人を見つけた瞬間、心臓が跳ねた。
くせっ毛な黒髪を片方耳にかけていて、伏せた左目に涙ボクロが印象的で、低すぎず高すぎない鼻に、形の良い唇。
肌が色白で、なんか、まとってる空気が爽やかな感じがする。
一番最初に見た時の印象は、何か違う、だった。
クラスの男子とは、何か違う、今まで私の周りにいた人達とは、何かが違う...。
多分、静かで目立たないからクラスでもあまり注目されないけど、あれあの人よく見るとイケメンじゃない?みたいなタイプ。
私は緊張した足取りで、でもそれに気付かれないように、いつもの席に座った。
ほぼ正方形の部屋の中に、3×3で9個並んでいる6人がけの机の、一番真ん中の机に座るあの人と、通路を隔てて斜向いの席。
見ようと思えば見れるし、見ようと思わなければ視界に入らない、ベストポジション。
でも、これだけ席があるんだから、こんなに近いのは本当はおかしい気がするけど…。
この人が来るようになる前から私はずっとこの席だったし、と自分に言い聞かせる。
そして、また音をあまりたてないようにして筆箱と宿題を取り出した。
正直、いつも勉強どころじゃない。
意識が全部、あの人の方に向いちゃうから。
でも、宿題終わらないと土日の日程が狂うし…ということで私はいつも、乗ればそんなに頭を使わなくてもいい数学をやってる。
今日も数学のプリントを開いて、それから髪の毛の右側を流してあの人との間を遮断するカーテンのようにした。
カーテン越しに、あの人を見る。
心拍数はまだあがったまま。
あの人は、肩肘をついてその手で前髪くしゃくしゃしているところだった。
今まで見てたから分かる。
これは、多分、分からない時に出る癖。
また、お腹の奥がぎゅってなった…。