金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
地面が激しく濡れる日数も、だんだんと少なくなっていった。
今までとは少し違う気持ちで、火曜日水曜日木曜日と時は過ぎ、金曜日がやってきた。
帰りのHRの後、いつもならすぐに部活に向かうりっちゃんを見送るのが私の日課なのに、今日は違った。
「琴子、おいで!」
そう言って、りっちゃんが私の手を引いて引っ張って来たのは、一番人が来ない非常階段の横のトイレ。
個室が一つしかなくて、しかも古い立付けで和式なことから、余程他のトイレが混んでいない限りこっちまで人が回ってくることはない。
りっちゃんは唯一の個室のドアの前にある、洗面台の様なスペースに、ポーチを取り出して置いた。
そして、両手をバッと広げた。
「琴子改造ターイム!」
「...か、改造?」
私は思わず眉間に皺を寄せた。
りっちゃんは、ニヤリと笑ってポーチを手に取る。
「あのねー、実はこれ、私の乙女ポーチなの。こう見えても私、結構女子力高いからね?」
りっちゃんはそのポーチをポンポン、と2回叩いた。
「今日は、私の持てる力を総動員して、琴子をプチイメチェンしようと思って!」
あ、イメチェンてもう死語?とか言って笑いながら、りっちゃんは早速ポーチをごそごそと探り始める。
「え、ちょ、待って待って待って。」
私は慌ててストップをかけた。
「...え?どういうことなの...?」
りっちゃんは動きを止め、ため息をつくと、腰に手を当てて私を見た。
「言ったでしょ。私はいつでも、琴子を全力で応援するって。
だからね、まず、須藤くん?だよね?を落とす為に、琴子の雰囲気をちょっと変えてみてドキッとさせるのはどうかな~て思ったの!」
言いながら、りっちゃんは私の後に回ると私の肩に手を置いて鏡の方へ体を向けさせる。
私の顔が、鏡のど真ん中に大きく映し出された。
りっちゃんが横から顔を出して、鏡の中の私に向かって言う。
「...それと、やっぱり琴子には自分に自信を持ってもらいたい。
自分に自信ないのは、まず自分の外見を好きになれてないからなんだって。ほとんどの人が、外見を自己評価基準にしてるんだって。
まぁ皆が皆そうとも言わないけど、少なくとも琴子は自分の見た目気にしてるじゃん?
でも、やっぱり外見てちょっと変えただけでもすぐ分かるし、周りの人にも何か言われるから、それが嫌でなかなか踏み切れないんだよね、きっと。」
鏡の中から、見るからに野暮ったくて自分に自信が無さそうな女の子が私を見てる。
なるべく、目立たないように、周りに溶け込めるように。
そうやって出来た自分の見た目は、もうそれ自体がコンプレックスの固まりだ。
...りっちゃんは、よく分かってる。
「だ、か、ら!」
りっちゃんは横から私の顔をのぞきこんだ。
そのままくるっと、私の体がりっちゃんの方に反転させられる。
「これを機に、私が琴子を変えてみる!
それで、琴子がそれを気に入ったら『りっちゃんにさせられて~』とか言っていいから、その新しい自分を定着させていけば?
1人じゃ無理でも、私がやった体にすればさ!」
りっちゃんは、グッと親指を立てた。
私はすぐそのポーズを変えせるほどまだ自信が無くて、ためらった。
りっちゃんの気持ちは嬉しいけど、でも、そんなにあっさり
...私、変われるかな...?
誰に問いたのかも分からぬその呟きは、りっちゃんに聞こえたようだった。
りっちゃんは、優しい目をして私に笑った。
「...変われるよ。結局、自分の気持ち次第だよ。」
りっちゃんは、今度はゆっくり、また私の体を動かして鏡の方に向けた。
それから、私の黒くて無駄に長い髪の毛を、ポーチから取り出した携帯用のブラシで丁寧にとかしていく。