金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
例えばセーターを
いつも以上に緊張した足取りで、私は図書室に向かった。
メガネの無い視界は何年ぶりだろう。
と言ってももちろん家ではかけていない時もあるのだけれど、それと学校とは全然違う。
変だって...似合わないって思われないかな...。
思われたら、私立ち直れないかもしれない...。
不安な気持ちに、息が苦しくなる。
窓の外では小雨が木の葉をさわさわと撫でていた。
最近は、むっとする空気の中に微かな暑さが顔を出し始めた。
肌がしっとりと湿るのはきっと梅雨のせいだけじゃない。
夏がすぐそこまで来ているんだ。
図書室までの一本道を、どんどん進みたいような気もするし、これ以上は進みたくないような気もする。
だんだんとドアが近づいて、バクバクと鳴る心臓は、緊張と期待、どちらが大きいのだろうか...。
少しひんやりとするドアノブに手をかけ、力を入れた。
キィー.....
いつもの、あの音が鳴る。
左手から里見先生の声がした。
「あ、琴子ちゃん今日は遅かったのね...ってあららららら!」
おばさんのような反応をしながら、里見先生が立ち上がた。
そのまま驚いたように私の方に駆け寄ってくる。
「琴子ちゃんすっごく可愛いじゃない!!」
口元に手を当て、里見先生は私の姿を足元から頭のてっぺんまで見回した。
「いや琴子ちゃんは元々可愛いかったけどなんだかこう一気に最近の子!て感じになったんじゃない!?」
私は恥ずかしさで真っ赤になりながら言った。
「...いえホントにそんな言う程じゃなくて...むしろどこかおかしくて笑われるんじゃないかと思ってて...。」
「全然おかしくないわよ!
そうね、最近の子だけど琴子ちゃんらしさはちゃんとあるっていうか、琴子ちゃんの良いところは残して生まれ変わったみたい!」
里見先生は私の肩に手を置いて、うふふと笑った。
「琴子ちゃん、自分でやったの?」
「あ、えと、友達がやってくれて...。」
手を振りながら言うと、里見先生は少し驚いたように目を見開いて、そして、微笑んだ。
「そうなの。...いい友達を持ったね。」
...目が、潤みそうになった。
慌ててぐっと力を入れて堪える。
「...はい。本当に。」
私は、心の底からの笑顔を里見先生に返した。
里見先生は私の言葉に頷くと、振り返ってカウンターの端に積んであった本を手に取った。
「はい。じゃあこれ今週のね。
ちょっと今までと違う感じだから...琴子ちゃんが気に入るか分からないけれど。」
私は
「ありがとうございます!」
とお辞儀をして本を受け取る。
そして、先週の本を手渡しながら言った。
「でも、里見先生が見つけて下さる本はいつも私のツボをついているというか...心得ている感じがするので多分大丈夫だと思います。」
私が笑うと、里見先生が言った。
「嬉しいこと言ってくれるね。それって司書にとっては最高の褒め言葉よ。」
少し照れているような里見先生に、私の方が、嬉しくなった。
と、里見先生が、ふっと真面目な顔になった。
私の目を、覗き込むように見る。
そして、一言、こう言った。
「...琴子ちゃんは、変わり始めてるよ。」
...ドキッとした。
里見先生の目は、私の心を見透かして、奥の奥の、もっと奥の方を見つめているような気がした。
胸がドキドキして、咄嗟に何も言葉にならない。
すると、里見先生はまた、あのいつもの笑顔に戻って
「じゃあ今週も頑張って!」
と手を挙げた。
瞬間、呪縛から解けたように、ハッとした。
「...あ、ありがとうございました!」
私がそう言った頃には、里見先生はもう手をひらひらと振りながら奥の部屋に入っていく所だった。