金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
どれだけ時間が経っただろうか。
最近はかなり須藤くんに意識が向いてしまっていたから、これだけ集中したのはどのくらいぶりだったかな、と思った。
ふと顔を見上げると、いつもなら、この時間に一区切り着いたならまぁ少し早いけどいいかな、と思って帰りの準備を始める時間だった。
...でも、実は、今回りっちゃんと話した結果、これからは無理して待ち合わせをせずに会えたら帰る、ということになっていた。
りっちゃんが私のことを考えてくれたって言うのもあるけど、りっちゃんの好きな人が同じ部活だって分かったから
「だったら私に合わせなくてもいいよ。二人で帰ったりすれば?」
って、私が提案したんだ。
りっちゃんは最初は少し抵抗を見せたけど、私の為ならってことで折れて、最後は頬を染めて
「...私も頑張るから、琴子も頑張ってね」
って言ってた。
恋をしてるりっちゃんは、今まで私が見てきたりっちゃんと少し違って、特別に女の子らしい。
凄く、可愛い。
...私もそうだといいけどな、なんて。
そう思った時、私は忘れかけていたさっきの須藤くんとの事を思い出した。
心が一気に沈む。
今日は、とりあえずもう早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。
だから、多分りっちゃんは今頃頑張って好きな人を帰りに誘ったりしてて、待ち合わせ場所には来ないんだろうなって分かってたけど、少し早めに準備を始めることにした。
プリントをたたんで、ファイルに入れ、筆記用具を筆箱に戻す。
そして全ての荷物をスクールバックにしまって、椅子を引いて、立ち上がった。
「...帰るの?」
...全くの不意打ちに、バッグを取り落としそうになった。
会えない一週間の間、何度も耳の奥で繰り返し聞いた、私の好きな人のその声は、耳を澄ませなくてもすぐに私に届く。
危うく、いつかの繰り返しになってしまいそうになった所で、なんとかバッグの持ち手を握り直した。
そして、なんてことないように、不意を突かれた様子なんて微塵も出ないように、私は努めて平静に須藤くんを振り返る。
でも、一週間ぶりの、ホンモノの須藤くんを目の前にして、そんな平静を保てる訳がなくて。
声が震えないように気を付けて
「...うん。」
と返事をするので精一杯だった。
須藤くんは
「...そっか。」
と、特に驚いた様子もなく言う。
なんとなく、このまま「じゃあ」と帰れる雰囲気では無くなってしまって、しばらくの沈黙があたりに広がった。
とは言え、須藤くんが私に何か用事がある訳では無いのだから、ここにただ立っていても意味が無い。
「じゃあ」って、私から、この沈黙を破らなきゃ、とそう思った時。
須藤くんが、いきなりガタガタッと椅子を引いて立ち上がった。
思わず、ビクッと肩が飛び上がる。
私は、少し顔を上に向けて、須藤くんの顔を見た。
鼓動が早まって、私を急き立てる。
でも私にはどうしようもなくて、ただ、須藤くんの顔を見つめ続けた。
須藤くんは、しばらく言葉を探すように目を泳がせてから、言った。
「...先週の、お礼...っていうのもなんなんだけど」
迷いを振り切るように顔をあげ、私の目を覗き込むように見た。
「...良かったら、一緒に帰りませんか。」