金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
どうしようもなく恥ずかしくて、早く帰りたいって思ってた。
須藤くんを見る気になんてなれないから、今すぐにでもここから逃げ出したいって
...確かに思ってたはずなんだ。
恋心っていうのは、本当に、なんてゲンキンなんだろう。
さっきまでの落ち込みようが、嘘みたいだ。
須藤くんが言ってくれた言葉が.....飛び上がるほど、嬉しい。
迷うことなんて、何も無かった。
私の顔をじっと見て、なんだかやけに堅苦しい誘い文句をかけた須藤くんに、私も合わせて、ただ一言言えばそれで良かった。
「...はい。」
...って。
須藤くんの顔が、安心して緩んだ様に見えた。
「ちょっと待って。」
須藤くんが机の上に広げていた教科書やノートの類を、バサバサッとまとめてバッグに突っ込んだ。
そのままスクールバックを肩に担いで、窓際に走りよる。
...そうだ、今日は珍しく窓が開いていたけど...須藤くんが、開けていたんだね。
全開にしていた窓を閉め、カーテンを端にまとめて、須藤くんは私の方を振り返った。
「...お待たせしました。」
須藤くんが、薄く口元に笑いを浮かべた。
ドキン、と胸がなった。
初めて須藤くんと話した、あの日の景色が脳裏に浮かんだ。
あの日、初めて目が合った時、夕日に照らされた須藤くんが余りにも綺麗で見とれてしまったこと...。
あの日からまだ1ヶ月も経っていないということが、なんだか不思議な気がした。
私は軽く頷いて、ドアの方へ向かう。
...私、先週は教室に折りたたみ傘を取りにいかなければならなかったから(元々りっちゃんに貸す予定だったからロッカーに寄って取っていこうと思っていた)、須藤くんに先に行ってもらってたんだ。
だから、こうやって図書室から下駄箱まで歩くのは...初めてで。
帰る時間には顔を出すこともある里美先生が今日はいなかったのが、唯一の救いだった。
...絶対後でからかわれるもんね。
図書室のドアを引いて、私達は廊下に出た。
週番の先生がもう通っていったようで、あたりは電気が消されていた。
昼間の賑やかさが嘘のように、静まり返ったいつもと違う顔の校舎に私は変な気分になる。
学習室とは桁違いで、足音が響いた。
...あれ、私いつもどれくらいの歩幅で歩いてたっけ?
ふと湧き出た疑問に、焦る。
そうしたら、どれくらいの歩幅でどれくらいのスピードだったのか、一気に分からなくなった。
緊張が全身をかける。
先週は、傘の中に入っていたから行動が制御されてそこまで考えなくても良かったけど
...これじゃあ、須藤くんとの距離近すぎ?
とか
全部全部分からなくなる。
窓の外の、青みが強くなってきた夕焼け色の光を私達は同じように身にまとっていた。
「...昼間はあんなに騒がしいのに、この時間はこんなに静かな学校見ると、変な感じだよね」
...あなたの言葉に。
私は、ゆっくりと須藤くんの顔を見た。
須藤くんも、ゆっくりと私を見た。
何度ものぞき込んだ薄い茶色の瞳に、いつかのように、映り込んだ私を見る。
...また。
ぶわっと、空いていた窓から風が吹き付けてきた。
私の髪を
須藤くんの髪を
私のスカートを
須藤くんのネクタイを
...私の心を
遠慮がちに、でもどこか強引に
ひらめかせては、揺らしていく...。
...つまりは、須藤くんに、心の奥を掴まれた音がしたってこと。
強く、強く。