金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
風が、私達の間をぬけていく。
いつもは眼鏡がある程度遮ってくれるけど、今日はダイレクトに風が当たる。
校庭の砂を巻き込んだ風に、私は目を細めた。
こんなところで眼鏡のありがたみを感じるなんて...。
人というものはいつでも、なくなったときに初めてその存在のありがたみを知るもの。
...って、前に里美先生が言っていたけど、その通りだ。
そんなことを考えながら、校庭を横断して校門を出る。
須藤くんは迷わず、左の道へ進んだ。
そんなの、全然、大したことじゃないけれど、当たり前だとは思うけど、私が行く方向を新しく聞かなかった須藤くんに、先週の会話を覚えてくれているんだって、嬉しくなる。
須藤くんだから、嬉しくなる。
ドキドキと、一定のリズムで、鼓動は私の胸を叩いてる。
...何か、話しかけよう。
そう思って、何かなかったものかと話題を探した。
そういえば、私、先週のお礼を言おうと思ってたんだ...。
結局、須藤くんをずぶ濡れで帰らせてしまったから。
でも、お礼を言おうとして、やっぱり言うのをやめた。
...多分、須藤くんは、お礼を言われることを望んでいない。
須藤くんの顔を見たら、私には何故か、その気持ちが手に取るように分かってしまった。
うぬぼれかもしれないけれど、須藤くんと私は、考え方とか感じ方が似ているところがあると思う。
私だったら、わざわざ持ち出されてお礼を言われるより、自分のしたこと自体に気付いていないでいてくれた方が嬉しいなって。
そして、もし気付いてしまっていても、ただそっと心に留めておいてくれた方が、嬉しいなって。
...ちょっとカッコつけさせてよ、って思うんじゃないかな...。
その代わりに、言った。
「...今日は風強いけど、髪の毛気にならないの?」
またしても、何か他にもっと良い話題があったのでは、頭を抱える。
でも今の目的は内容より話しかけることだから、と、そっと、須藤くんを見た。
須藤くんは、唐突過ぎる私の質問に声を出して笑った。
予想外の反応に、ドキン、と心臓は大きく跳ねる。
「髪ねー。もう元々爆発してるし、今更変わんないかなーとか諦めてきちゃってるかな。」
須藤くんが、自分の前髪を、確かめるようにさわりながら言った。
「...そうなんだ。」
私は、そんな須藤くんから目を話せなくなる。
「...まぁ、俺、見た目とかあんま気にしない方だと思うけど、より良くなろう、とは努力してるよ。」
...そう言ってこちらを流し見た須藤くんの目が、どこか意味深な光を帯びているように見えて。
どこかで聞いたその台詞に、心当たりの正体が分かった瞬間、私はすっとんきょうな声を上げた。
「.....えっ??」
頭だけが光速で起動して導き出した答えに、感情がついていかない。
待って待って待って...。
それは、前に須藤くんの背の話になった時、私が『カッコイイと思う人』の条件として言った言葉だ...。
多分、須藤くんのことだから、私がそう言ったのを覚えているはずだ。
...ということは、須藤くんは私に、カッコイイと思われたいと思っている...?
...待って待って待って...!!!
混乱と期待で、首から上にどんどん熱が上がっていったのを、自覚した。
須藤くんはそんな私を見て、また、おかしそうに声を上げて笑うんだ。