金曜日の恋奏曲(ラプソディ)
私は自分の顔から熱を引かせようと焦る。
もしかしたら、須藤くんは私とのそんな会話なんて覚えてなくて、たまたま言っただけかもしれない。
冗談で、からかっただけのつもりかもしれない。
私が期待しているような意味では、ないかもしれない。
だとしたら、ここで私が顔を赤くすることほど、自意識過剰で恥ずかしいことはない。
須藤くんは何も言わなかった。
私は焦って、とりあえず話題を変えようとした。
「...あ、で、でも、髪の毛、ワックス...みたいなのはつけてるよね?」
今度は、須藤くんが驚いて
「...え?」
と聞く番だ。
「...なんで知ってるの?」
まさかの墓穴に、私は今度こそトマトみたいに赤くなった。
.....こないだの雨の日に、クラスメートの人から私を隠そうとしてあなたが私を抱きしめた(ように見えたらしい)時、感じたにおいで分かりましたすみません...なんて言えるわけないじゃん私のバカッ!
「...あ、予想だけど!つ、つけてるかなって。」
慌てて否定すると、須藤くんが納得したように声を出した。
「あー、うん、正解。って言っても、俺っていうよりは、毎朝姉貴が世話焼いてくれるっていうか...。」
「...え、お姉さんがいるの?」
私は、須藤くんの新たな情報に食いついた。
「うん、2個上にね。今は高校生だけど、ここの中学からそのままだよ。」
須藤くんが、私の顔を横から覗くように見る。
「長谷川さんは?兄弟。」
「...あ、私は、年の離れた弟が1人。」
私が数字の1を手で作って見せると、須藤くんがあぁ~と頷いて、はにかむ。
「凄い、ぽい感じする。」
「...そ、そうかな。」
私が笑って、そうしたら会話が途切れてしまった。
でも、だんだん、少しずつだけど、前よりもスムーズに話せるようになってきた気がする...。
些細なことだとしても、とても嬉しい。
須藤くんも私も、なんとなく黙って静かに歩き続けてしばらくした後、須藤くんがおもむろに口を開いた。
「...そういえば、梅田が、行ったでしょ。」
...須藤くんの口から、他の女の子の名前が出てきたことが、まず何よりも最初に、嫌だと思ってしまった。
私はスクールバッグを握り直して、足元を見たまま返事をする。
「...あ、うん。」
須藤くんは、私のそんな気持ちに気付いていないようだった。
私の相槌を確認して安心したのか、ツラツラと話し始める。
「...俺が代わりに言うのもなんだけど、ごめんね。先週、梅田と仲良い子達と会っちゃって、まずいなって思ったんだけどやっぱり長谷川さんの方まで行っちゃってたよね。迷惑かけるの分かってたし、謝らなきゃって思ってたんだ。根は悪いやつじゃないんだけど、ちょっと突っ走るところがあるから。
俺がもっとちゃんとしてれば、よかったんだけど...。」
...やめて。
...そんなに、梅田さんを『俺のコッチ側の人』として扱わないで。
クラスメートだから当然って分かってる。
気にするようなことじゃないって。
でも、『梅田』は身内で、『長谷川さん』は迷惑をかけたら謝らなきゃいけない、そういうグループ分けだって、言われてるみたいだ...。
…根は悪いやつじゃない?
そうかもね、須藤くんの前では。
なんて、捻くれた捉え方しか出来ない私に嫌気がさしても、もう止まらない。
私は、立ち止まった。
「...いやだ。」
気付いたら、そう声を発していた。
須藤くんが、私に気付いて、こっちを振り返ったのが分かった。
しょうもない嫉妬。
ちっぽけな独占欲。
誰がどの立場で言ってるのって感じだ。
...分かってるよ、でも。
「...私といるときに他の女の子の話しないで...。」
絞り出すように、聞こえるか聞こえないかの声で、私はそう言った。